24 April 2006

24APR : 「研究」「Q嘘」リマインダーズ

あくまでもさりげなーく。
「モンティ・パイソン研究入門」は今日発売でーす。→ ★★★
さあ今すぐに本屋さんに走って行って、明るく元気よく「モンティ・パイソン研究入門のイボイボのついてるやつをください」と言い放ちましょう。
なお、イボイボつきリミテッド・バージョンには電池は含まれておりませんのでご注意ください。

さらに、
管理人が別名で英国関連話題などを月1か2くらいねちねち連載している、嘘の生産活動とその社会的な価値にするどく切りこむ嘘業界のザ・ファイナンシャル・タイムズこと「Quick嘘屋」は、毎週火曜日11時発行です。
今登録されれば、明日の火曜日朝11時のぶん、すなわち管理人の月いち英国ねたネチ連載が掲載されている号から配信になります(そのはずです。)
なのでさりげなく登録はこちらだよリンクをひとつ → ★★★

このブログに関してはわたしが私物化しても別に私物化しているという批判はあびずにいられるかなと思い、逃げるように以上をお知らせします。どうかなにとぞ。

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22 April 2006

22APR : 一足お先に研究入門を読む

今朝がた華麗な朝寝をしたためていたところ、ごんごんドアを叩く音で強制起床。ふあいとか言いながら出てみるとラットランド村の郵便屋さんが「これでかくてあんたの郵便受けに入らないんだよ」と小包をひとつさしだす。見ると、空飛ぶ白夜編集人eno7753さまの御名。わ、とばりばり封を引き切ると、出てまいりました、「モンティ・パイソン研究入門」の現物が


思わず、スパマロットのシューバート・シアターで購入した鋭い歯のウサギさんと記念撮影。


そして感動した翻訳人が何をしたかというと、

とりあえず重さをはかった。

おそらく今回は頭痛肩こり鉄アレイ的筋肉痛は避けられると思われます。


ついでに鋭い歯のウサギさんもはかってみた。


軽いなあウサギさん。ふけばとぶよだな。これが確か25ドルくらいしたような。1グラム0.39ドル、本日のレートで1グラム45円47銭。いや換算してどうする。

それから帯。
「モンティ・パイソンを初めて観たときに、『一生バカやって生きていっても良いんだ』ということを知った。
それから長い年月をかけて、思い知ったのは『一生バカやって生きていくことが、いかに難しいか』ということだった」

By 爆笑問題の太田さんです。
パイソンをカラダで愛している人の言葉です。
やはり太田さんはパイソン愛の人だったのです。

それから編集人enoさま。
最後のページにミス・アン・エルクの写真を入れてくださるという、原書にはもちろんない粋なはからいデザインをありがとうございました。
すごい効果でした。
見た瞬間、自分のなかであのニューヨークでの衝撃がよみがえり、思わずびりりとうちふるえました。
お読みでない方々にはなんのことやらさっぱり不明で申し訳ございませんが、詳しくはどうぞ現物をご参照ください。とそしらぬ顔してプッシュしてみる。

「正伝」はハリポをめざす本でしたが、本書は、とりあえず、めざせダビンチコード。いや、この本の内容を、すなわち「聖杯伝説とキリストの生涯とに関し、深い解釈を加えて表現していたある一団の人々がいた、その人々が残したものの意味を、現代の視点でわけいって読み解く本である」と説明してみればダビンチコードに遜色ございません。トム・ハンクス主演で映画化世界同時公開が待たれるところです。

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14 April 2006

14APR : 「研究入門」と男もすなるパイソンといふもの

4月も半ば、夏時間も始まり、英国中部のラットランドもようやく春めいてきました。この「春めいた」とは、あくまでも「寒いと感じなくなった」程度のものではありますが、それでも寒くないだけでわたしは幸せだ。そして英国の田舎の春はいつもいやになるくらい美しい。もう絵に描いたように、これみよがしなまでに美しいので、わたしは丘に立ちつくし「うーんやられたうまくやってやがるな英国のカントリーサイド」と毎年つぶやかずにはおられないのです。

うちの近所です。


新緑はもう少し先のラットランド。人家は奥の林のむこうにあります。


さて、
下↓の4月9日日記に、みうらあゆみさんがつけてくださったコメントに触発されここで少し続きを。

これは個人的な経験にすぎませんが、英国の場合、女性のパイソニアンをわたしは今のところひとりも見たことがありません。もちろん例えばマイケルファンは女性だらけで、サイン会ではマイケルは老若女性にモテモテなのですが、彼女たちがそこからパイソンに来るかというとそうでもないようです。わたしはいまだに、マイケルのサイン会に並んでいるとき、ある女性に「ホーリー・グレイルって何?」と訊かれたときの衝撃が忘れられません。

これもやはり個人的な経験なんですが、あるときコメディの話をしていたら、ある英人女性が「フライング・サーカスは面白いかもしれないけど見ない、何故ならあれは男の番組だから」ときっぱり言いました(ちなみにその人は、フォルティ・タワーズは大好きなんだそうです)。頑丈な英人女はたいがいの下ねたにはびくともしないことを考えると、それは下ねたが多いとかそういうことではなく、フライング・サーカスには彼女たちに二の足をふませる、結界のように強力なナニカがあるのだと見た方がよいようです。

その結界とはなんだろう、と考えると。
フライング・サーカスには「普通の女」が出てこないとこにあるんじゃないか。
出てくるのは、ペッパーポットか、さもなくばキャロルのような過剰に色っぽい薄着のお姉さん、あるいはヘルズ・グラニーズです。まったくもう (^^;) どれも男性の目から見た女性のステレオタイプまたはカリカチュアです。

現代の英人女性には、これはおそらくシャレにはなりません。やばいったらありゃしない。いくらBBC様がファンキーなテレビ局であるとはいえ、はたして今再放映できるのかどうか。これが堂々とまかり通っていたというのが、男女性差に関して非常に敏感な今の英国的基準を考えるとほとんど信じられないです。当時のBBCは男だらけの社会だったんだなあと感じます。

余談ですが、パイソンはまだましな方であって、アト・ラスト・ザ・1948・ショウでのエイミ・マクドナルドの扱いなんか、はっきり言って「色気しかない頭の弱い添え物おねえちゃん」です。60年代だったのだ、なにもかも。かえって、パイソン的社会階級ねたの方なら今でもおそらく問題なく放映可だろうなという気がします。うまく説明できないんですが、社会階級は昔も今もこれから先も当分この国に普遍的に存在するものであり、だから笑ってよいものとして了解されているというか。

閑話休題。
では現代にパイソンを持ってくるとき、そのままでは出せないからというので
「研究入門」の著者さんは、キャロルを7人目のパイソンとしている。
それから、以前おフランス版のパイソンズが結成されたと話題になったことがありますが、そこにも女性がひとり混ざっている。→★★★
このくらい踏みこまないと、特にフェミニズム的見地から見て、現代においてパイソンは正当化できなくなっているのかもしれません。

で。
わたしは個人的には、一応そういう見地が普及している国に暮らしているので、今の基準ではパイソンの女性描写はたいへんやばいぞと理解はしています。けれどもかといって「まったくけしからん猛省を促す」と朝日新聞に投書しようとかそういう気分にもぜんぜんなりません。いや朝日新聞ないですけどこの国には。

おそらくそれは、わたしが結局英人女ではないからでしょう。いや身もふたもない言い方ですが、結局完全に対等な立場には絶対になれないわけですし。そのこともあり、どうやら「パイソンは別腹」と認識、それを見るときに「このステレオタイプまたはカリカチュアは自分を揶揄するものではないのだ」と、無意識にフェミ的な思考を切り離しているふしがわたしにはあります。

というよりそんな小難しいことではなく、ただ単にジョンの女装が好きだからかもしれず。ここで突然わたしは「ジョン女装を擁護するために戦う会」を結成するので、ラットランドの村宛てに寄付をどしどしお送りください。プレミス夫人(グレアムとペアで出てくるペッパーポットの片方)なんかカッコイイじゃないですか、だってなにげでフランス語しゃべれるんですよ。確かグロリアという名のディンズデールの彼女も妖艶ですてきですなあ。なにより足がキレイだ。なんだか真にフェミである皆様におこられそうな結論になっちゃいましたが。

それにしても。
上記を書いている間中、
「ハウ・トゥ・イリテイト・ピープル」でジョンが語っていた

「ある日私が
『女性とは、一般論をすべて自分個人のことだと解釈しがちな生き物だ』
と言ったら、
それを聞いた女性が
『わたしは違うわ!』
と言いました。」

というくだりがジョン声でしつこく頭によみがえるので困りました。しょーがないなあ、女って。

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09 April 2006

09APR : 「モンティ・パイソン研究入門」発売のお知らせ

ここでひとつお知らせです。
白夜書房様から「モンティ・パイソン研究入門」という書籍が4月24日に発売されます。
こちらがアマゾンさん当該頁です。 → ★★★

これは、2005年3月に米国で発売された、米ペンシルバニア州ピッツバーグ大学フィルム・スタディーズ学科のマーシア・ランディ特別教授の著書「TV Milestones: Monty Python’s Flying Circus」の日本語翻訳本です。モンティ・パイソンを、カウンターカルチャーが台頭・支配した1960年代から1970年代のロンドンと、そのカルチャーに深く関わっていたBBCというメディアとが産み出したひとつの作品としてとらえ、文芸や美術評論の対象になり得るものとして、パイソンとはコメディというフィルターを通して何を表現していたのか、彼らはその当時の社会に対して何をしていたのかということを、アメリカ人の専門家の見地から分析し、しかし深入りしすぎることはなく簡潔に述べている本です。すなわち、パイソンをある程度知っていて、しかし彼らはただの滑稽な集団ではないと気づいていて、その先を見ようとしている方々のための「モンティ・パイソン研究」への「入門」の書です。巻末には、須田泰成さんの素晴らしい解説「モンティ・パイソンの実用性」と、パイソンと日本のコメディ状況について現場の臨場感あふれるWAHAHA本舗の喰始さんのインタビューがあります。

表紙です。



開いた表紙です。




で、
翻訳を行ないましたのは、不肖わたくしです。
控えめに申し上げて、
これは物凄く面白い経験でした。
前翻訳書「モンティ・パイソン正伝」のときには、本人と関係者によるパイソン生裏話の奔流に巻きこまれて、しばらくの間頭の中に小さなパイソンたちが住みつき暴れているような感覚にやられておりました。しかし今回はそのまったく対極、芸術鑑賞眼を備えた専門家により客観的かつ冷静に観察・分析され、カウンターカルチャーという激しい時代の申し子であったパイソンが、ひとつの文化としてすくと立ち上がっていくのを目撃しているかのような気分がしていました。パイソンとはこういうふうにとらえることができるのかと、わたしは目からウロコが100枚落ちました。

こういう本がこの時代になって、アメリカ人の、しかも専門家の、しかも女性の手によって書かれたことはとても興味深いと思います。まったく新しい視点がパイソン史に今持ちこまれた感さえあります。例えば、この本はキャロル・クリーブランドをはっきりと「7人目のパイソン」ととらえています。ずっとなんとなくそうだと思われてはいた感覚はあるものの、それがきちんと議論として活字にされたのは、おそらく初めてではないかと思います。そのへんに入りこんでいくと、この本の存在を対象とした評論がもう1冊書けてしまいそうです。

しかしクールな分析といえどなにしろ対象はパイソンであるゆえ、ときどきその文体と論じている内容との妙なミスマッチが面白い。たとえばエリックについて述べている箇所で。

「[エリック・アイドルには]例えば、シシリー・コートネイジュの芝居を見に劇場に来ているネイティブ・アメリカンの役があった。目当ての女優が出てこないことを知ったとき、彼は観客を弓で射殺すのである。」

このような機会をふたたび下さり、なおかつ、例えば、上記「弓で射殺す」の一文の面白さを指摘下さるなどの有用な助言をたまわりました白夜書房のeno編集者さま、どうもありがとうございます。御名と御社名とは、日本パイソン界において、永遠にパイソン的祝福を受けつづけることでしょう。(「パイソン的」と「祝福」という単語が両立するのかどうかはこの際別にして。)

なお本書巻末には、真綿で首をやさしく絞めるがごとき「あんたいいかげんに早く書きなさい」というご催促をここ1年間ほど頂き続けておりました「スパマロット」に関する拙文が、翻訳人解説の一環として収録されております。あわせてなにとぞよろしくお願いもうしあげます。

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