08 January 2006

08JAN : 書評が出た

産経新聞に本日1月8日付で「パイソン正伝」の書評が出ているようです。
とりいそぎこちらです。
ありがたいお話です。

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14 December 2005

14DEC : 就職にたぶん役立つモンティ・パイソン

あんまりにものどかなあまりエリック・アイドルのネタにされたラットランドに住みつきはや幾年、いつのころからかふらーとか漂泊の思いがやまず、わたくしは最近、あかるく輝く灯火に魅かれ、新たな職を求め、都会にさまよい出て行きとことこ歩いて人に会っては頭を下げてまわっています。学生終了まぎわの就職活動時のように「あと○日以内に仕事が見つからなかったらごはんが買えずに即路上、不法滞在国外退去」というような絶望的な状況ではとりあえずないにせよ、それにしても、実らない求職活動というものはどうしてこうも人間の精神を荒廃させてくれるのでしょうか。灯火に魅かれていっては「じゅ」と焼かれている蛾、という構図が脳裏にしつこくよぎるのは何故でしょうか。

ところでこっちの履歴書は、自分の経歴を針小棒大に、もとい、雇用者にアピールする形で自分の言葉で書いていいことになっています。よって、東京支社のある会議のために営業部の書類を数枚日本語に訳した、ということを
「日本での新たなマーケットを開拓するプロジェクトに加わり、優れたバイリンガリズムを発揮して自社製品のローカライゼーションに多大なる貢献をした」
と書いてもいいのであります。
(注:これはわたしではなく、わたしの知り合いがやったことです。これはあまりにもひどいと思ったので、すぐに参考にしました。)

そして持って行く先によって、先方の業種に関連づけるためには自分の経歴のどの部分を棒大、もとい、強調するかでかなり作戦を練らねばならず、履歴書を1枚書くと疲労困憊、3日間ほど寝込みます。ようやく回復しかけたところに封書が一通ひらりとやってきて、郵便カゴの底に横たわるその妙な薄さ、中身が重要な文書ではなく、ただ一行目が「残念ながら……」で始まる、文末のサインまで印刷のたぐいの手紙だということがほとんど預言者なみの正確さで感知され、また3日間ほど寝込むわけです。

で、
ある日わたしは人に会う際、小脇に「正伝」を一冊たずさえて行きました。それが直接業種に関係するかどうかはともかく、一応夏をひとつ返上して、身が粉になるほど働いた結果のポートフォリオという視点で見てもらえればいいな、というほのかな希望を抱いてのことです。

すると、履歴書をじろじろ眺め回していた先方の比較的偉い人が

「この経歴にあるビャクヤショボーというのは何なんだ」

と問うてきました。

いえ実はこれこれこういうわけでありがたくもこういうお仕事の機会を頂きまして、で、おかげさまでこういう本ができたというわけなのでございます、と現物をさしだすと

「わ。あは。うわはははは。あははははこれはパイソンだモンティ・パイソンだ、あはは面白いおもしろい、君たちも見てるんだうはははははははは、いや読めないよ、読めないけどおもしろいこれは面白いよ、ああここに国の地図が、どはははははねえねえこれ、ここ、ここって、ウェストン・スーパー・メアって書いてあるんだよね?(「そうです。」) ぎゃははははそうだそうだなにしろジョン・クリーズはウェストン・スーパー・メア生まれだもんなあうわはははははあ」

あの地図の中からぴかりと聖地ウェストン・スーパー・メアを識別したその人に、すんでのところで握手を求めそうになるのをこらえるのにわたしはかなりの努力を要しました。そしてわれわれは、仕事のことを離れ、パイソンとかユーモアとかコメディとか文化とか英語と日本語とかいうことをしばらく話し合いました。なんでもその比較的偉い人は「フォルティ・タワーズのオーストラリア人の女の子が出てくるやつ」が好きなんだそうで、おおイイ趣味だとほとんど尊敬しました。

これはこのような状況下においてはかつてないほど異様に楽しい会話だったので、だからもう、それが求職結果にどう結びつくかはこの際別の問題です。ああ、実らんかな結果。

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18 November 2005

18NOV : 唐沢俊一さんと正伝・オン・ジ・エア

●たずねラジオ●

光デパートさんから教えて頂いたところによりますと、
TBSラジオの「ストリーム」という番組で、16日に出演された唐沢俊一さんが「正伝」のことを話題に取り上げて下さったらしいのですが、どなたか目撃、もとい耳撃された方はいらっしゃいますでしょうか。

唐沢さんありがとうございます。面識などございませんしここをお読みのわけもないのですが、翻訳人は地球の裏側で平蜘蛛と化して平伏しております。


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14 November 2005

14NOV : グリム兄弟、東京大学、そしてしぶとく正伝

地球をぐるっと半周して帰英したら、真冬でした。今はただ、実家の猫とこたつのことを夢見るように思い出すばかりです。

●11月6日日曜日の新宿グリムオフは参加者8人(含わたくし)という盛況でした。いや一時パイソンオフというと40人くらい集まって2次会は飲み屋の広い座敷を借り切ってやってたんだが、とふと遠い目で思い出したことも事実です。しかし、人数にかかわらず結局やることは同じでして、つまり大量の酒類を摂取しつつ「いややはり第2シリーズの意識の流れが…」などと、一見非常に知的な話をどんどんやり、しかもそれが非常に愉快だという。7人の皆様どうもありがとうございました。まいまいさん木下さん、テリG映像をありがとうございました。テリGはハリウッド大監督なのに、上戸とかいう小娘にヤニ下がっていてはいけないと思いました。でも太田に「こいつは本当にあの映画を撮ったのか」と突っこまれるのは面白いのでいいです。

●その翌々日の8日火曜日には、白夜書房のenoさんの手引きで東京大学駒場キャンパスは教養学部表象文化論にテンプラ学生としてもぐりこみ、宮沢章夫さんの講義を拝聴しました。まともなお勉強のために東京大学さまとお近づきになるのはおそらくこれが最初で最後だと思ったので、門にたどり着いた時点で感動して思わず写真を撮りました。


東大さましょうめん

宮沢さんのブログ富士日記2にあがっていた講義予定では、この日のテーマは「モンティ・パイソンとラジカル・ガジベリビンバ・システム」ということだったので、ひそかに楽しみにしていました。しかし11月1日付同日記でも触れられているように予定は次第に変更されつつあるようで、実際の8日の講義にはパイソンの話はまったくありませんでした。そのかわりの内容は、六本木ヒルズそして原宿ラフォーレという時代の象徴の建築物の話から入り、そしていかに80年代に「クリエイター」や「コピーライター」など、それまでには存在しなかったカタカナ肩書き人種が発生してきたか、そのカタカナ肩書き幻想がどのように資本主義社会の手段として利用されてきた(あるいは利用されている)か、という、80年代にまさにその手の幻想のどまんなかで翻弄されてきた人間にとっては、じたばたするくらい面白いものでした。しかも宮沢さんは、安易に批判されがちなその手の幻想を、芸術への原動力としてポジティブな視点でとらえていらっしゃるところがすばらしい。

聞きながら、こういう環境で勉強ができる東大生のみなさんは、東大生であるというだけでかなり幸せなのに、その上にさらに幸せなみなさんだと思いました。しかし、あそこに居並ぶ現役学生さんにとっては、80年代なんてのは江戸時代とか安土桃山時代とかアウストラロピテクスとかと同じレベルで「過去」なのでしょうなあ。うむ。

宮沢さんには是非、以前の富士日記2にあった「『正伝』の解説で書こうとしていた50年代の演劇とパイソン」のこと、あるいは「イギリスではわりと最近まで、演劇の脚本に検閲があったらしい」などということにつきいろいろおうかがいしたかったのですが、その時間がなくて残念無念。「演劇」という切り口でパイソンが論じられることはあまりないようですが、よく考えたらオックスフォード組(特にテリJ)とエリックが最初にやっていたのはコメディではなくばりばりの前衛演劇ですし、フットライツだってコメディという前にそもそも由緒正しい演劇団体であるわけですし、そっちの方から攻めてみるのも面白そうです。

●担当編集者のenoさん色々とお世話になりました。
enoさんの「正伝」の次のお仕事は「金子ナンペイのフキダシたいの。」というご本だそうでして→★★★
現物を拝見した瞬間わたしは「わあついに日本に『プライヴェート・アイ』があ!」とフルエがきました。これは素晴らしい。こういうの大好きです。ご一読強力にお勧めします。ちなみに、成田空港第一ターミナル26番ゲート付近の本屋さんに、この本の在庫が2冊あったのが妙に印象的でした。正伝はありませんでしたが。

●正伝と在庫といえば。
実家に帰っておそるおそる付近の本屋をめぐったところ、本八幡駅のKまざわ書店の棚に正伝が1冊ささっているのを発見。決して白夜書房付近の高田馬場の路上にムシロしいて叩き売られているわけではなく、一応本物の本屋で扱われているのをこの目で初めて確かめて、言いようもないほど安堵しました。そのままものかげに隠れて30分ほどじーとその棚を見守りつつ、通行中の人々に向け「かえ」という電波をゆんゆん発していたのですが、あいにく本八幡の老若善男善女のみなさんはぴくりとも反応せず、わたしは何かに負けたような気分になってすごすごと引き上げました。
しかし。
翌日通りがかりついでにふたたびその棚を確認したところ、
そこにささっていたはずの正伝が消えていました。
負け気分を色濃く引きずり続けていたわたくしは思わず
「厚くて場所ふさぎだからKまざわの人に下げられてしまったのだろうか」
とまず考えましたが、
冷静かつ常識的に考えて、これはやはり、昨日最後に見てから今までの間にどなたかがお買い上げになったのでありましょう。万引きされたという可能性も捨てきれませんが、あの本は万引きするにはちと不便です。いや、万引きに便利なように作られる本があるとはあまり思えませんが。
どこのどなたかは存じ上げませんが、どうもありがとうございます、本八幡付近の見知らぬ方。駅前のツタヤで「ベスト・オブ・モンティ・パイソン」が借りられていた件とあわせ(10月23日コメント欄参照)、魔界都市本八幡には不穏な空気というかパイソン的瘴気が漂っていてなんだか楽しいことになっているようです。

●書評がアマゾンとbk1にあがっています。bk1では「今週のオススメ書評」にもとりあげられています。
アマゾンさん→★★★
bk1さん→★★★
bk1さんの「今週のオススメ書評」(今週木曜日まで)→★★★

どうもありがとうございます。モンティ・パイソンで「感動」できるなんて、21世紀とはなかなか面白いことをするものです。

●それにしてもアマゾンさんには「著者からのコメント」をつけられるようですが、こういう場合いったいどうしたらいいのだろうか。自画自賛しろというのか、それとも厳しい自己批判をせまっているのだろうかと、わたしは小半時ばかりなやみました。

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30 October 2005

30OCT : スマナイ誕生日。

はっと気づいて倒れそうになりました。
27日はジョン先生の66回目のお誕生日だったのです。
遅ればせながらあわてておめでとうございました(ぱちぱちぱち)。どうかお達者でいてくだされ。
すみませんすみません忘れてたわけではないんです。でも去年はジョン公式サイトの中の人から「もうすぐボスのバースデーなのでプレゼント送ってください」みたいなリマインダが来たのに。リマインダは忘れているときに来てこそリマインダたる意味があるというのに。いや忘れていたわけではないですが。それに一応一度は「サー」にノミネートされたほどのセレブリティの人が、自分から誕生日プレゼントを要求するのもどうかと思います。(5年ほど前にノミネートされたものの、「んなもんいらねーよ」と蹴ったのだそうです。カックイーぜじじい。)でも術後をご自愛くださり、どうかお達者でいてくだされ。わたしは多くは望みませんがそれだけが望みです。いや、望みを述べだしたらきりがないので、あえて何も言わないでおくだけという噂もなきにしもあらず。

さて、
数か月前にTBSで放映されたピーター・バラカン氏司会の「CBSドキュメント」で、「スパマロット」がとりあげられたときがありましたが、あれの録画テープがなぜだか実家にありました。で、おおこれはニューヨークだよ全員集合、と思ってまた見ました。
ところで、
「正伝」でいちばんきつかったのが第7章でした。もうだめだこんなにつらいことはもう続けられない、と途中で何度も思いました。また、それまではわりと口数の少なかったジョンがこの7章でいきなり饒舌になっている、ということにもかなりやられていました。
で、
今回「正伝」後に初めて動く全員集合を見たのです。
そうしたら、
ご覧になった方はご存知と思いますが、写ってるのは一瞬だけです。しかもわたしはその光景をすでに見たことがありました。でもその見たことのある一瞬の光景を、このたび改めて目にした瞬間、わたしの脳にはがーんとデンキが走りました。パイソ婦女子心が思いがけず強力にゆさぶられました。何故なんだなんでこんな合計317歳のじじい戦隊にわたしはやられているのだ、とも思ったものの、もうどうしようもなく反応を呼び起こされてしまいました。もう嘘でも仮面でもなんでもいいから、今後この人たちが表に現れるときはどうかこのままのこの人たちでいてくれますように、と、わたしは神様にお祈りしていました。

ところで少し細かいことを申し上げてよろしいでしょうか。
同じくCBSドキュメントの中で、スパマロット初日に、最後の「オールウェイズ」で本物パイソンズが舞台にあがって加わるとこがありますが。
あそこをよく見てみると、舞台に上がるときに、ジョンがマイケルの背中をちょいと触っていますね。
あれがどうしても気になるのです。
いや、英国流ではこれはわりとよくある仕草です。「お先にどうぞ」という場面で、礼儀に障らないタイミングでちょっと背中なりひじなりを触って押してあげる、というのはまったく普通に行われることです。
ただ、この礼儀は普通、男性が女性に対してやるもんなのだ。
百歩ゆずって女性同士ならまだしも、男性同士でやるもんではないのだ。
でもそれをジョンがマイケルにやっている。
わたしは思わず考えてしまいました。それはもういろいろなことを。
そして結論に達しました。
やはり、まっとうな大人のパイソびととしてはこういう枝葉にこだわってはいかんのではないかと。そりゃ、パイソびと初期にはさまざまな枝葉に足を突っこんだりもしましたが、わたしはすでにそのヂョシコーセーのようなはずかしい思考回路は卒業したのです。わたしは今後、大人のパイソンの楽しみと快楽をまじめに追求するのです。どんな快楽かはともかく。
だからこういうことにこだわるのをやめよう。今やめよう。すぐやめよう。だからやめよう。やめい自分!いいじゃないかジョンとマイケルがうまくやってればすなわち英国天下泰平、国もポンドも女王様も悪い天気もまずいメシもきっと安泰だ。世界平和のみなもとジョンとマイケル!わたしは世界を平和に保っておきたいと願う地球市民なので、だから「正伝」でテリJが「ジョンのバカヤロウ、マイクなら何でも許すのにどうしてぼくのことは何も許そうとしないんだ」とか言っているとき、キーボードをぱこぱこ叩きながら思わず「妬いてんの?」とツッコんでしまったことは、絶対に口外せずこのまま死んでいこうと固く決意しています。

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28 October 2005

28OCT : 正伝おぼえがき号外

川崎クラブチッタのケラさん&谷山浩子さんのパイソン歌ライブから戻ってまいりました。
お会いできた皆様まことにお世話になりましてありがとうございました。
というか、
お会いできた皆様、「♪中国人が好き〜背丈は人のはんぶんくらい〜♪」と、「♪精子ばんざい、精子はすばらしい、異教徒はぶちまけるがいい〜♪」が、あまりにもすてきな日本語になっていたあまり、ドツボにはまって異様に受けてしまいうるさくてもうしわけございませんでした。特に「何そんなに笑っているんですか」とごツッコミくださったKさま。(でも本当に本当に面白かったんです信じてください。)

オールナイトニッポンとか「ニャンニャンしてね」を聞くことが人生の一部であった世代の人間なので、谷山浩子さんがパイソンを見る人だった、というのは、あたかも赤毛のアンのごとく世の中の人々を「パイソンを知る一族」とそうでない人、という分け方をしてしまいがちなわたしにとり、ここでふたたび人生(というか)が交差した、ということがかなり意外な驚きかつよろこびでした。あのかわいらしいお声とすばらしいピアノでにこにこ微笑みながら「せーいしばーんーざーいー♪」、もう、素敵。パイソン本人のみなさんも、極東方面で、あの歌がこういう解釈をされていようとは思いもしないでしょう。

しかしあれです。ケラさんがパイソン話の最中、「もうものすごく詳しい人がいるんですよ、で、こういう細かいことを間違えると、『違うそれは1972年の6月ではなく7月に放映されたのだ』とか指摘するんですよね、で、そういうことを指摘しているとき、そういう人の顔は生き生きと輝いているという」とおっしゃってましたが、すみません、わたしはそういう人間です。いや間違いを指摘するというよりは、そういう細かい話題になると楽しくてとまらなくなるという意味で。ケラさんのその言葉を聞いたとき、「どき」とそのへんに心当たった方は、わたくしだけではないはずです。(と信じたいのですがどうでしょう。)あと個人的に、パイソン以外歌の、ケラさんの小学生時代の作品「♪ワカメの最期を見届けたあー!」にかなりやられました。

さて、来週(たぶん)は、新宿(おそらく)で、ブラザーズ・グリムオフ!(か?)
いやそういうお話を小耳にはさんだのです。ギリアム先生とすれ違ってしまってかなりくやしかったので、そのリベンジにかけるべくニヤリと笑って手ぐすね引いているところです。

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26 October 2005

26OCT : 正伝おぼえがきみたび

地球の裏から千葉に帰ってきました。夜、モルツーモルツーモルツーモルツー♪ と、もうおそらくかなり古いのであろう歌を口ずさみながら幸せにモルツを喫しつつ、ぱちとテレビをつけたら、そこにはいきなりカバンしょったマイケルが。ぶうとアワ吹きながらよく見ると、NHKBSで「サハラ」の真っ最中でして、NHKの中の人はいい人に違いないので受信料なんかどんどん払いましょう。実はわたしは道中ヴァージン航空機内でも「ヒマラヤ」をずーっと見ていたのでありまして、どうやらわたしはかなりマイケル運にめぐまれているようです。

ところで今、正伝まとめ頁で名言集を作ろうとしています。
とりあえず自分が翻訳人だという事実は忘れて、好きなものを以下に列挙します。

(なお宮沢章夫先生が言及された、
「最初にガンビーを演ったのは私だ」

「パレスチナでパイソンは売れるだろうか?」
は、
謹んで別枠別格としてエントリー決定済みです。)

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「学校で集会があり、誰かが前に立って話を始めたとする。そういうときぼくはつい、『今この瞬間に、丸裸の人がワイヤーで吊られて舞台にぶらーんと現れたら何が起こるだろう?』とか、『今あの人のところに走っていって、鼻や耳にバナナを詰めたらどうなるだろう?』と考えずにはいられなかった」
マイケル・ペイリン

「いやあママ、これこそ僕の人格形成における幼少期の重要な要素に違いないんだよ、うわああああ!」
グレアム・チャップマン

「にぎやかなアメリカ人だった。ちなみにそのとき、一番まわりにいてほしくなかったのがにぎやかなアメリカ人だった」
マイケル・ペイリン

「ぼくは23歳になった。そして『ザ・フロスト・レポート』に出ている。なんてクールなんだ」
エリック・アイドル

「彼は自転車に乗れなかったが、仕方がない、なにしろまだ25歳なのだ」
グレアム・チャップマン

「すると兄は、『なんて売れなさそうなタイトルだ』と言った」
テリー・ジョーンズ

「それは地表において他に例を見ない完全に純粋な唯一の存在だった。ぼくらはしがらみから切り離されて存在していた。ぼくらは寄り集まって、完璧にキチガイじみたひとりの人格を形成していた。ひとりひとりもそれぞれ個性豊かに気が狂っていた。しかしひとつにまとまると、ぼくらは美しく調和したひとつのキチガイ人格になった」
エリック・アイドル

「そこにあったのは信じられないくらいの開放感、縛っていたものをふりほどく充実感、そしてすべてが可能であるという予感だ」
ジョン・クリーズ

「カンディンスキーと表現主義の画家50人を自転車に乗せてラウンダバウトを回らせたいと言えば、それは実現する。この自由をぼくたちははしたないまでに満喫していた」
マイケル・ペイリン

「僕たちはまたとない時代に居合わせた。BBCもまたとない状態のもとで運営されていた。もしあと5年後にずれていたら、パイソンは起こりえなかった。危ないところだった」
テリー・ギリアム

「いよいよ初めて観客の前に立つという日、始まる30分くらい前にジョンがやってきて、肩を叩いて励ましあったり大丈夫だがんばろうなどという言葉のかわりに言った。『ひょっとしたら我々は、世界初の、まったく笑えないコメディをつくってしまった可能性に気がついているか』」
マイケル・ペイリン

「燭台はヤギにすべきか羊にするべきかで、すさまじい戦いがくり広げられたことがある。我々は3対3に分かれて、『糞食らえ羊!羊なんてくだらん、ヤギ以外は許さん!』と罵りあい、目玉をほじくり合うような激論が戦わされた」
ジョン・クリーズ

「台詞を正しく言うと、スタジオの客が喜び思わず拍手をしてしまい、そのカットは撮り直しせねばならなくなり、しかしそのころにはまたバカのように台詞を忘れているから、次に正しく言えたときにはまた観客が拍手をしてしまう」
グレアム・チャップマン

「ライト・エンタテイメント部長のトム・スローンがイアンに電話をかけて、『あの番組をなんとかしなきゃならない。あれはぜんぜん面白くない。海から男が現れてイッツとか言っても面白くもなんともない』と言ったらしい」
テリー・ジョーンズ

「いいかよく聞け、我々はこれをもう長いことやっているのだ、ありとあらゆることを試してみたのだ、そして客の反応を観察して、何が一番面白いかという結論に達しているのだ。何か叫んでいるようだが、今のあんたの状態を鑑みるに、その言葉がこっちが達している結論より面白いということは確率学上まずあり得ない」
ジョン・クリーズ

「人の神経に障ることくらい、ぼくらにとって嬉しいことはない」
エリック・アイドル

「パイソンは見るものをはっきり左右に分けた。大好きになるか大嫌いになるかだ」
ジョン・クリーズ

「これが6人いることのいい点だ、何があってもひとりくらいは最後まで生き残っていられるだろう」
エリック・アイドル

「エルヴィスは『ナッジ・ナッジ』にならって、まわりの人を『旦那(スクアイヤ)』と呼んでいたらしい」
エリック・アイドル

「『ちくしょう勝手にしろ、しょせん手前の書いたスケッチだ、おれはそれを撮ろうとしてやってんだ、それがどんなに難しいのかわかってんのかバカヤロウ』と言い捨てて、僕はそこを離れ、もうこんな映画の監督なんかやめてやるとつぶやきながら草むらに寝っころがっていた」
テリー・ギリアム

「あの泥のシーンに関し、マイケルはまことに素晴らしい爆発ぶりを見せてくれた。あれは大変よいものだった」
ジョン・クリーズ

「ロニー・コーベットに怒られた。『なんて下品なんだ、コマーシャルに出たらそこの商品を侮辱してはいけない』。ぼくは思った。『何故いけないんだ?』」
エリック・アイドル

「建築のマネージャーが自分の車を直射日光から守るために小屋を作っていて、みんなそんなもんが大嫌いだったんだが、ある日どうしても我慢できなくなり、よってたかって分解して宇宙船の材料にしてしまった」
テリー・ギリアム

「そのアイディアとは、僕達と一緒にハリソン・パイソン・ツアーをやることで、そこでは普通じゃないこと、例えばワイヤーで吊られて客席の上を飛び回るとかそういうことをやるのだ、と発展してきたあたりでやや用心深く、『待ってくれジョージ』。ちょっと考えて、『それでジョン・クリーズをショウビジネスに呼び戻せるとはあまり思えないんだが』」
マイケル・ペイリン

「『ザ・コンプリート・モンティ・パイソンズ・ファン・ブック』に載っているパイソン・クイズをやってみる。非常に難しい問題ばかりで、全員でかかっても正解率は60%だった」
マイケル・ペイリン

「ある女性から手紙をもらった。モンティ・パイソンなる者どものひとりはホモセクシュアルであると聞いたとある。旧約聖書によると、もし男が他の男と生きようとしたら、石で打ち殺されるべきなんだそうだ。だからぼくは感謝して返事を書いた。『我々はそのひとりを発見し、ただちに表に引きずり出して石で打ち殺しました』」
エリック・アイドル*

「エリックが、現在のパイソンとはうち続くミーティング上の存在以外ではなくなりつつあることについて厳しく批判を始め、皆のことを資本主義者呼ばわりして、『どうしてかつて楽しくやっていたことをやれないんだ?どうして今こんなことをやっているんだ?』と叫ぶ」
マイケル・ペイリン

「その報酬は、同じことをやり続けることに対してしか支払われない」
ジョン・クリーズ

「『ジャバウォッキー』を撮り、本物の役者と仕事をしたら、これがとても愉快だった。本物の役者はぼくの言うことに従うからだ」
テリー・ギリアム

「グレアムの追悼会では『オールウェイズ・ルック・オン・ザ・ブライト・サイド・オブ・ライフ』を歌った。あれはぼくにとって世界で一番つらいことだった」
エリック・アイドル

「電話がきた。『医者はもうグレアムはここを出ることはないと言っている』。ぼくは叫んだ。『なんだ出られないってのは?入院費でも払えないのかっ?』」
テリー・ギリアム

「幼いころ母が教えてくれた。人を失う悲しみは、少なくとも2年間続くだろう。そして正しく悲しんだら、悲しみは終わり、ふたたび人生を取り戻すことができるのだと」
デイヴィッド・シャーロック

「今、モンティ・パイソンがある愛すべき愉快なコメディ集団になっていることにはちょっとしたショックを受ける。ぼくはいまだにその状態になじむことができない」
エリック・アイドル

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上記*印はエリックが得意とする話のようで、ほかのところで語られているのも見たことがありますが、ほかでもないグレアムがこの続きをつけているのを別の場所で目にしたことがあります。

「それは第3シリーズの終了直後のことだった。で、第4シリーズが始まってみると、ジョン・クリーズが画面に出てこない。その事実から、この女性がどのような結論を導き出したか、それはもはや誰にもわからない」

ところで、
今日ニュースを眺めていたら、三木谷という人が、「どうしてそれを買ってはいけないのか僕にはわからない」と言っていました。わたしは、前後の文脈はよくわからないまま「なんてエリックみたいなことを言う人なんだ」とつぶやきました。

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23 October 2005

23OCT : 正伝おぼえがきふたたび

「モンティ・パイソン正伝」のまとめ頁を、帰省する前に新しいウェブ内容としてあげようとしていました。しかしあいにくあと21時間後にはヒースローで飛行機によじ乗っておらねばならず、しかもその間に会社に1回行かねばならぬため、全部を一度にあげるのはやや難しくなって参りました。

とりあえず、最初のさわりのところだけをちゃっと下に貼っておきます。わりと似たような文を最近読んだ記憶がおありの方は、とりあえず知らないフリをしていてください。続きは実家で書いて、サーバーにつなげられれば本サイト内容としてそちらに入れて、それがだめだったらここに五月雨式に貼り続けようと思います。まるで、本番ぎりぎりまで庭で舞台装置にまみれていた学生時代のテリGのような気分です。


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(1) The Pythons Autobiography by the Pythons と「モンティ・パイソン正伝」


ほとんど1kg

「モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス」(以下「パイソン」)は1960年代終わりのロンドンのカウンター・カルチャーの空気を色濃く反映し、「戦後のロンドンで起こったビートルズの次にクールなこと」だった(2005年3月、Time Out)。それを作った5人のイギリス人と1人のアメリカ人(以下「パイソンズ」)も、テレビというメディアも、戦後というロンドン社会も、何もかも一様に若かった時代だった。そこにあったのは、既存の笑いのフォーマットをはぎとり、キャラクターやクリシェを排除し、パターンを憎みオチを嫌悪し、言葉の意味を踏みにじりそして定義を引っくり返し、テレビというメディアをも逆手に取って、イギリスの社会と伝統的価値観に対してパイソンズが叩きつけた、コメディという形をした挑戦状のような番組だった。

英語圏においてパイソンに関連する本は新旧多数出版されているが、The Pythons Autobiography by the Pythons は比較的新しいもののひとつで、ハードカバー版は2003年12月に出版された。著者ボブ・マッケイブは「テリー・ギリアム映像大全」を含むTV・映画に関する本を多数執筆・編集しているが、これはおそらく(文字通り)最大の作品だった。6人のパイソンズが出生から数十年間のそれぞれ人生を詳細に語り下ろした膨大な量のテキストと、初出のものを含む写真を千枚以上フルカラーでつめこんだオリジナルのハードカバー版は、25cm x 32cm x 4cmと直方体をなし、重量はほぼ3kgに迫った。

しかしあまりの重量ゆえ、英国ではまずひとまわり小さい普及版ハードカバーが新たに発売された。それでも、写真が豊富すぎて文字と重なりときどきひどく読みにくい点の解決をみるために、テキスト中心のペーパーバックが2005年9月に発売された。ペーパーバックは写真は200枚強とハードカバー版のものに比べると少なくなっているが、それでも本文は500ページに迫る。

ペーパーバック版は、ハードカバー版のテキスト部分と写真の抜粋で構成されている。テキストの内容は、戦中・戦後の新旧の価値観が入りまじるイギリスで、パイソンズはどのような光景の中で育ち、いかにして大学で出会って集合し、BBCという若いメディアにかかわり、パイソンというアイディアにたどり着いたかということ、最初から初めて、途中もやり続けて、そして文化的に炸裂する釘爆弾のようなコメディを作りあげたかということ、どのようにそれが終わったのかということ、そしてかれらにとってパイソンとして生きるということはどういうことかということが詳細に語られる。

しかし、かれらが「モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス」や、それに続く4本の映画をどのように考えて、書いて組みあげ、そして実行したか、ということについてはそれぞれの視点から詳しく語られるが、その内容そのものについて改めて説明されることはほとんどない。つまり、「これを読む人間は全員それを知っている」という前提でこの本は編まれている。

そのように枝葉が潔く切り落とされているためデータ資料的価値は犠牲にされているものの、そのかわり本書は、データに足をとられがちな既存のパイソン本とは一線を画している。これは文化の目撃者の記録である。終戦後の英国社会に発生してきた「怒りをこめて振り返れ」な価値観の発達に合わせるようにして育ち、抜き身の白刃のような「パイソン」を引っさげて社会に切り込むことになった6人が、その文化の最先端で何をどう見て感じてきたかというな貴重な証言である。「モンティ・パイソン」以外のかれらのIDには、話の流れで必要なことを除き一切言及されない。また死んでいるグレアム・チャップマンの代理の人々を除き、パイソンズ以外の人間の発言もない。焦点が完全にモンティ・パイソンのみに合わせられてそこに深く踏みこんでいる。

その結果、現れてきたのはコメディと、そして「今は愛すべきコメディ集団ととらえられている」(エリック・アイドル)パイソンズの、そこまでさらす必要があるのかと思われるような、プライベートかつ非コメディな背景である。しかしこの本の著作者クレジットは (C) Python (Monty) Pictures なのであり、すなわちそういう部分をもひっくるめた上で、これはモンティ・パイソン公認の「自伝」本なのである。(グレアム・チャップマンの自伝に関しては、編者ボブ・マッケイブいわく、本人から「『あいにく死んでるもんでどうしても都合がつかない』という言い訳の連絡が来た」ので、代理人を立てざるを得なかったのだそうだ。)

The Pythons Autobiography by the Pythons の邦訳「モンティ・パイソン正伝」(白夜書房)は、基本的にペーパーバックのテキストと構成に沿っている。加えて独自の内容として、宮沢章夫氏の「世界の混沌はまだ続いている」と、須田泰成氏「意識の流れは究極の仮想ユートピアに宿る」と、高度かつシリアスなモンティ・パイソン論になっている解説が巻末に掲載されている。また、本文中に言及される地名を示すイギリスとアメリカの地図が含まれている。また、原書は英国を基準にして、説明が省略されている。例えば「デイヴィッド・フロスト」という名前を聞いただけで英国人ならすぐにその像を目の前に見るであろうが、日本ではそうはなりにくい。それをできるだけ補うために、やはり巻末に17ページの注釈がつけられている。

定価は3990円。安くはない。しかし、もし3990円とこの本とを選べと言われたら、個人的にわたしはこの本を取る。そしてコメディを見る新しい目を得て、残りの人生楽しく生きることを選ぶ。(どういう状況下でそんな選択を迫られ得るのか、という議論はともかく。)それに、パイソンの目線で世の中を見ることを覚えてブライト・サイドを歩いてていくこと、それはなかなか悪くない。

関連リンク:
宮沢章夫氏 遊園地再生事業団「Papers」
須田泰成氏 yasunarisuda.com / Yasunari Suda's Blog Comedy
「モンティ・パイソン」正伝@白夜書房ホームーページ
「モンティ・パイソン」正伝@アマゾン
The Pythons Autobiography by the Pythons @アマゾン 

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ところで、
eno7753さんが14OCT 「正伝おぼえがき」のコメントで教えてくださった、来週28日(金)川崎チッタの谷山浩子さんとケラさんのパイソン歌ライブ、楽しそうなのでちょっと見に行こうと思います。→ ★★★ 
管理人を見つけたら、「ブライアン」の最初んとこで、ジョンが石をボコボコぶつけられている要領で「正伝」を力強く投げつけてください。ほぼ1キロのカタマリは想像するだにはんぱじゃなく痛そうですが、わが身を挺して営業作業、どうぞひとり1冊お買い上げいただいた上でお願い申し上げます。なんなら2冊。いや3冊。

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14 October 2005

14OCT : 正伝おぼえがき

「正伝」に関してお伝え申し上げます。
えー、この本は、発売当日本屋さんに「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のごとく山のように積み上げられるかというとそんなことはおそらくない、というのが正直なところでございまして、もし確実に入手されることをご希望でしたら、事前にご予約されることをお勧め申し上げます。わたし個人の願望と致しましては、ネット本屋さんよりもできればリアル本屋さんで、対応に出た店員さんの反応を注意深く観察し、そこから自分とパイソンと社会との関係について結論を導きだして遊んでいただく、というのがわりと面白そうで一興ではないかと思うのですが、わたしはそういうことについてどうこう言える立場にはあまりないような気がするのも事実です。

バーチャル本屋さんです。アフィリエイトとかそういうややこしいことは一切なく、ただのリンクです。

★長いこと扱いがなかったので、ほう世の中にはここで扱われない本というものもあるのだなあ、と感動していたら突然始めてくれたアマゾンさん
楽天さん
HMVさん
まんがの森さん
★グレハム・チャップマンという独創的な表記になっておりますが本のほうではグレアムになっているはずの本家白夜書房さま当該頁トップ頁

どうかお役に立てますことを。


さて、
転んでもただでは起きずにすかさず倒れたことでアイディアをひねり出してしまう、というパイソン的手法にのっとり、今別ページで「正伝」のまとめをぱこぱこ作っています。そこに入れられないたぐいの、時間とともにブログの奥底へと埋もれていくべき個人的なおぼえがきを順不同でとりとめもなく。

1) ジョンのケンブリッジ卒業時の成績がアッパー・セカンドだった、というのはどこかで読んでいましたが、科目によっては実はファーストを取っていたことを知り、わたしは驚愕しました。これは大学の成績のランクで、上から「ファースト」「アッパー・セカンド」「ロウアー・セカンド」「サード」というカテゴリに分けられます。しかしファーストになるには、ただ順位が上になればいいというのではなく、論文を書いて、それが教授陣から要求されるある一定の水準を高く超えている必要があります。だから「ファースト」はよくてひとり、あるいはまったく出ないのが普通なのに。しかもそれをケンブリッジで。しかもジョンは最終学年の後半はずっとフットライツ公演を書いたりやったりしていたのに。しかもそのとき参加した公演は、フットライツ史上最大のヒット作になったのであって。なんというか、人間じゃない。絶対に違う。

2) テリJとマイケルとは、仲を保つのがうまいなあと思いました。ジョンとグレアムのケンブリッジ組は最初からなんか微妙な感じで、しかも時代が下るにつれいろんな波風が立ってしまうようになるのはわりとあちこちで語られてきたとおりですが、テリJ&マイケルがオックスフォード時代からどのくらい波風が立たずにうまくすごしてきたか、ということは、ジョングレほどのドラマがないせいか、かえって話題にならずにいたような気がします。(なにしろジョングレの関係はあまりにもドラマティックなので、ロンドンで芝居になったくらいです。) パイソンツアーでニューヨーク滞在中、ふたりで部屋を借りたら隣に住んでいたのはキャサリン・ヘップバーンだった、というくだりがすてきです。それから、こういう何十年もうまく行ってるテリJ&マイケルを踏まえて、あらためてホリグレDVDのロケ地探訪を見ると、しみじみ味わいが感じられます。

3) デイヴィッド・シャーロック氏がグレアムの代理人その1としていろいろ語っているのですが(その2とその3はグレアムのお兄様とその奥様)、なんというか、とても複雑な感情を抱えて生きている方だと思いました。もっとも立場を考えたら当然ですが。でも、いろいろ複雑な感情を吐露していらっしゃいますが、第6章最後の発言にやられました。この本通じてのベスト発言のひとつだと思います。

4) 第2章でマイケルが、「母の家系は準貴族で祖父はオックスフォード州の長官だった」とかさらりと言っているので、わたしは驚愕しました。いや驚いてばかりですが。お母様はバッキンガムの舞踏会で社交界にデビューしたんだそうです。お父様の方も貴族の称号はないものの代々たいへんポッシュな家系だったそうで、いや、マイケル、生まれが良すぎ。世界が違う。とはいえ、かつてはそういうところに属していたペイリン家は、大恐慌と戦争を経てかなーりくっきりと「斜陽」なおうちになっています。マイケル少年はその複雑な環境のもとたいへん複雑な心境で育ったようで、その当時のことを語るとき、マイケルは「うちは裕福ではなかった」とか「家が貧しかった」と言っては、その後すぐに「でもそれはたいした問題ではなかったけれども」と打ち消す、ということを何度もくり返しています。

5) そういう点も含めて、わたしは、それぞれのパイソンズが生まれてから大学に入るあたりまでを通して語る、という第2章が大好きです。こういう背景をまとめて読むのはたぶん初めてですし、当時のロウアー・ミドル・クラスの人々の生活の貴重な証言になっているし、それに、なにより、だって、みんななんかどっか暗いんだもの。テリGだけが例外で、悩みはするけど西海岸的に明るくつき抜けていて、このへんがアメリカとイギリスの違いなのだろうと思います。けれどイギリス人のみなさんはどこかしらこうカゲがあって、「いやあ親に愛されちゃって幸せな子供時代だったなあ」ではぜんぜんない人ばかりです。特にエリックがすさまじくて、寄宿学校時代の話などはまるでゲーツヘッドのジェーン・エアです。こういう静かな陰のエナジーを蓄積していた人たちがコメディに向かったのは何故か。その答えは、友よ、風に吹かれているのでしょうが、そこでわたしはジェニファー・ソーンダースが言っていた
「幸せだったら、人はコメディなんかやろうとは思わない」
という言葉をふと遠い目をして思い出すわけです。

6) 話は戻りますが、マイケルは斜陽とはいえ元準貴族家系で、純パブリック・スクールのシュルーズベリを出てオックスフォードに行ったのだ、という事実に思いをはせながら、「ランバージャックソング」を聞くと物凄く面白いです。

7) パイソン時代のマイケルがマリファナをやってるのを発見。というか、自分の日記にやっているときっちり書いている。(いい人だ。)もっとも、70年代のロンドンの芸能界に若いころにいてそういうことをたしなんでいなかったらそっちのほうが変ですが、やっぱりあの頃のマイケルは何かを超えている。ちなみにエリックもやってるらしいですが、こっちはあまり意外だと感じないのは何故でしょう。

8) グレアムはときどき、宇宙語をしゃべったり書いたりしているとしか思えないふしがあります。宇宙語は知らないのでたいへん困ります。

9) それはともかく、その前後にはいろいろ騒ぎを起こしてああだこうだと悶着があったようですが、「ブライアン」の章だけは、5人の口調が揃って「あのときのグレアムはよかったなあ」という、しみじみ感に満ちているのがたいへんいいと思います。

10) それにしても、第6章で、「グレアムはもうこの病院から出ることはないだろう」と伝えられ、思わず「なんだ出られないってのは?入院費でも払えないのか?」と返すテリGが(笑)(泣)(笑号泣)

11) 第7章で、アスペンを終えていろいろあってエリックがぶち切れたあと、結局残りの全員、特にマイケルとは和解できたのかがかなり気になります。でもマイケルが文中で「今は大丈夫」みたいなことを言っているし、それにこないだはスパマロットで再集合して楽しそうだったし、まあ、この人々の場合いつも結局なんとかなるのであまり心配しなくていいのかもしれません。

12) ところで、第4章前半3分の1「空飛ぶモンティ・パイソン」の一番最後の、ジョンに関するマイケルのコメントがこわくてたまりません。夜中に書いてて「きゃー」とさけびそうになりました。わたしはたいがいのジョンは平気ですが、これは本気でこわかったです。

13) 巻末に「パイソン年表」がついています。1939年10月27日がジョンの誕生日として一番上にあります。1940年11月のテリG、41年1月のグレアム、と順に続いて、1966年にザ・フロスト・レポート、1969年にフライング・サーカス、1974年にホーリー・グレイルがあります。いや実際はもうちょっと詳しいのですが。で、その年表の末尾はこうなっています。
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1989年 10月4日にグレアム・チャップマン死亡
2030年 10月14日にジョン・クリーズ死亡
2034年 2月14日にマイケル・ペイリン死亡(カラハリ砂漠での番組撮影中)
2046年 8月にテリー・ギリアム死亡(まる1か月かかった)
3039年 4月1日にエリック・アイドル死亡(他のバカより必ず長生きしてみせる)
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3039年。エリック1096歳。ロウソクを立てるのにタタミくらいのバースデイ・ケーキが必要でしょう。願わくばその大往生を見送りたいものです。それから、テリGの死因はなんなのかがたいへん気になります。

とりとめもなく、続くかもしれずまた続かぬやもしれず。

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07 October 2005

07OCT : 「モンティ・パイソン正伝」発売のおしらせ

ここでひとつおしらせ申し上げます。

2003年12月に発売されたかの豪華重量級寝転がって読むと気分はベンチプレスな本「The Pythons Autobiography by the Pythons」の日本語訳、
「モンティ・パイソン正伝」
が10月15日(くらい)に 白夜書房さまから税込価格3990円で発売されます。→★★★★★

この日本語翻訳は現地ですでに出ているペーパーバックをもとにしたものですが、それでも写真とテキストあわせてA5版で約500ページというずっしりぶりです。日本語にして約43万字。すなわち500ページぎっちしパイソンのみなさんが、43万字日本語でしゃべっているわけです。
さらにここに監修の須田泰成氏宮沢章夫氏の手による、むちゃくちゃハイレベルかつ渋いパイソン論である解説がついています。
われわれは仮に3990円もらったとしてこれと同じものが作れるでしょうか。


表紙です。




帯つき表紙です。宮沢氏解説のこの続きがとても読みたい。


で、
僭越ながら翻訳したのは実は不肖わたくしです。
長いこと身が粉になるまではたらいておりましたが、確実に本当に出るという段階になったので、今お知らせ申し上げる次第です。
僭越で恐縮で恐れ入っておりますが、しかしその一方で、これがどんなに面白くて、面白くて面白くてもう本当におもしろくて仕方がない本であるか、わたくしはパイソなみなさまに率直にお伝え申し上げたい。これはすばらしいよ。
この中には、パイソンたちの、自分をよく知る親しい人たちに宛てた私的な手紙のような言葉が詰めこまれています。気のおけない身内に向きあっているかのように、パイソンとは何か、パイソンとは何だったのか、パイソンとしてかれらはどう生きたのか、そしてパイソンとして生きるとはどういうことか、ということが語られています。
それはまるで「マルコビッチの穴」でした。わたしはパイソンのみなさんの頭のなかに入りこんで、そこからものを見ている気がしました。なるほどここからはこういうふうに見えていたのだ、と何度も思いました。その真っ白の人の手が触れない頁に遊ぶのは、まるで誰も知らないお花畑に踏み入るかのようでした。あるいはものに名前がつけられていないエデンの園でした。

今後この本に関してはまたいろいろ続くと思われますがとりあえずひとつだけ。
43万字を通り過ぎた結果、わたしはエリックの大ファンになってしまいました。いや「しまいました」ってのもなんですが。
エリックのクールなスタンスと視線はすごくカッコイイ。言うことがいちいちロックンロールです。わたくし、そのロックンロールな言葉だけで思わず惚れてしまいました。若いときの写真もすてきで、ああ60年代のロンドンの明るい面を享受しているワコウドの顔だ、としみじみ感じます。あと、幼少時代が異様に暗くてトラウマまみれなのも、それはそれでけっこう婦女子的本能に来るものがあります。で、なんとなく、きっと本人も、「ぼく家庭環境が不幸だったんだよね」とか憂いを含んだ表情でつぶやいてみたりすることを女の子を落とす手段に使ってたんだろうなあ、と思わせてくれるしたたかさがまたすてきです。

で、
発売に先立ち白夜書房の編集さまがおっしゃいました。
「TFJCに来るようなマニアさんたちを確実に捕らえたい。マニアさんたちの口コミが、雑誌やテレビで紹介されるよりも、一番影響力を持っている」。
すばらしい。
これで晴れておすみつきマニアなユニヴァース13人のジョン専のみなさま、どうかお手すきのときにひとつお読みください「モンティ・パイソン正伝」。そしてまたパイソンに関するいろいろな話を続けましょう。

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