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18 September 2007

笑うエディンバラ2007その2 : 客対コメディアンつづき

笑うエディンバラ2007その1: 客対コメディアン

上記のつづきです。
何故エディンバラ・フリンジで「コメディとはサービス業である」というサトリに達したか。
それはひとえに、8月23日午前中に行われた、フリンジ実行委員主要人員の人々による”How to do a show at Fringe” というパネルディスカッションに参加したことによります。

このディスカッションのパネラーは委員会を総括するイベントマネージャーさん(非常に有能そうな若い女性)、プロモーターさん(百戦錬磨の業界ぽいおじさん)、広報担当さん(この仕事が大変好きそうでしゃべり始めたらとまらないお兄さん)、実際に舞台に立っている中堅パフォーマーさん2名(英男性と米女性)、どこかの小さなヴェニューの支配人さん(手ごわそうなおばさま)という顔ぶれでした。

まず両パフォーマーが強い口調で断言していたのは、「エディンバラ・フリンジとは世界最大のコメディのプラットフォームである。競争は非常に厳しいし金を儲けることを期待してはまったくいかん。したがって、もし参加するのならば、自分が何故フリンジの舞台に立ちたいのか、どの舞台に何時から何時まで立ちたいのか、そこで何をどうしたいのか、そしてそれによって次に何を目指すのかということまでくっきりと明確にしてからのぞむべし」。そこにプロモーターさんが「世界一のプラットフォームであると同時に、世界一のコメディのショウウィンドウである。だからフリンジの客は世界一正直で世界一怖い。チケットは安価だし場所は近所だから客は興味を持てば足を運んでくるかもしれない、しかしそのかわりかれらは退屈したらすぐに出て行く。しかもごく少数の例外を除き金は儲からない!」。米パフォーマー♀「わたしは最初にエディンバラに来る前に、自分にふさわしいヴェニューと時間帯とについて、予算とすりあわせつつ物凄く研究しました。申し込みどおりの時間と場所の許可が出ましたが、それでも海を越えてくるのは捨て身の賭けみたいなもので。幸い賭けはなんとかなり、プロモーターの人と縁ができてその後英国内ツアーが決まったし、翌年からもそれなりにうまくいっています。英人のみなさんは英人であるというだけで大変有利な立場にいると思います。わたし今年はどこどこのヴェニューで何時からやってますので皆さん来てね」(笑)。英パフォーマー♂「えー、ぼくの場合は彼女とちょっと事情は違いまして、何年かの間に波があり、いいときもあればあまりよくないときも。よくないときなど一度、どこかの地下の、天井がこのくらい(と頭上10センチあたりに手をかざし)だったわけのわからないヴェニューに押し込まれたことがありますね。あ、ぼくも今年はしかじかの場所に出てますのでどうぞよろしく」(笑)。

この後マネージャーさんと広報さんにより、パフォーマーさんたちがどのような手続きを踏んでフリンジ舞台に立つかという説明がありました。要約すると、①大志抱くパフォーマーさんがフリンジ事務所に参加を申し込む ②「参加の手引き」的な分厚いマニュアルが4冊送られてくる ③演者人員数、内容、時間、装置、機材などを明確にし ④「手引き」に詳しく掲載されているすべてのヴェニュー(市内200箇所以上)の大きさ、傾向、料金などを把握して、⑤このヴェニューでこういうふうに何時から何時までどういう段取りで何人でこういうふうにやる、ということを決定し ⑥まずそういうことをすべて書類に記入して申し込み ⑦事務所からの割り振り決定通知を待ち ⑧決定通知がめでたく来たら、さてそれにふさわしい広告媒体の詳細を決定して申請し(無料のパンフレットのみにするか、それともフライヤーやポスターや新聞広告も打つか。いずれもコピーや図版など詳しい案件も添え)、⑨ロイヤル・マイル路上で実演客引きをやりたい場合はその内容も企画し ⑩締め切り厳守で事務所に提出 ⑪もちろんおのおのの手続きにかかる料金も払い ⑫それと同時にフリンジ期間中3週間のエディンバラの宿も、これは事務所は関与しないので自分で確保。という感じであるらしい。

気になる費用の方はというと。手続き関係のみでは、マニュアル請求料はそれほど高くなく10ポンド程度、パンフレット掲載(50語程度の解説つき。パフォーマーさんが自分で書く)は無料です。しかしパンフレットに写真つきの広告を載せると大きさによって300から1000ポンド程度(パンフレットはへたな電話帳ほどあるので実際として写真広告は必須である)、ヴェニュー使用料が大きさと時間帯によりピンキリ、フライヤーやポスターは自腹、機材使用料と舞台装置があり、そしてなによりエディンバラ3週間の滞在費がバカにならない。なにしろフリンジ関係者だけで数千人、プラス他の映画とか音楽とか文芸フェスティバル関係者がそれぞれ同数かそれ以上、そこにウンカ観光客がエディンバラに十万単位で押し寄せる。マネージャーさんいわく「現在の段階で、2010年の夏の住居が埋まりつつあります。いや冗談ではないですよ」。なるほど、これでは上記の「フリンジで儲けようとするなかれ」発言が出るわけです。

もちろんどこの国のどこの街での舞台興行でも楽なものなんてないわけで、フリンジ参加パフォーマーだけが苦行を強いられているわけでは決してないでしょう。しかし、フリンジをにぎわす数千人のパフォーマーの皆さんの中で「そこに出れば客は必ず来る」という幸運な人はごくごくごく少数、その他有象無象のみなさんは一発「大志」または「賭け」で来ているはずです。

なにしろ世界一のウィンドウショッピングなものだから、客も評者もぜんぜん遠慮がない。客はつまらなければすぐに席を立つ。それからフリンジ期間中にはスコットランドローカルの「ザ・スコッツマン」紙や「メトロ」紙のエディンバラ版が、あるいは期間中限定で発行されるフェスティバル特化の「スリー・ウィークス」紙が、フリンジのレビューを片っ端から組みます。その新聞づきの評者が「これは面白くない。見に行くな時間と金の無駄だ」と感じたら、かれらは本当にそう書いてしまう。あるパフォーマーが上記紙のうちいずれかでもし「無駄」と判断を下されてそう紙面に書かれたならばそこで客はばたりと途絶えてしまう。フリンジ評者に「無駄」と判断されたり、あるいは客に席をごっそり席を立たれたりしたら、それはおそらくパフォーマーさんの経歴に非常な影響をおよぼし、おそらくその後の彼・彼女の人生をも左右してしまうことになるでしょう。

で、
これまでにもいち観客としてそういうフリンジ水面下での手間ひまや、パフォーマーさんの丁々発止の状況はなんとなく気づいてはいました。
が、
このパネルディスカッションに参加して、数千のパフォーマーさんおよびかれらをとりまく状況をかなりはっきりと知らされ、わたしはしみじみ思ったのです。

そりゃ客は客だ。チケットを買い予定を繰り合わせて足を運んで会場に来るお客様だ。ただ、客のやることとは言ってみれば、「コレってなんか面白いかもー」とか言いながら、自分の意思で金出してチケットを買って当日会場に来るだけである。舞台の上のパフォーマーさんとは、特にフリンジの場合、歴史が違うし背景が違うし気合いが違う。たとえばしけたエディンバラのパブに暗幕が引かれて片隅に丸椅子が並べられその前にスタンドマイクが1本立っている、そこに若いスタンダップのお兄ちゃんが出てきて今目の前でひとりでしゃべっているが、それが面白いとか面白くないとかいうことは別にして、なんつか今、わたしはこのおにいちゃんの人生的賭けと相対しているのだ。わたしはこのお兄ちゃんの人生的賭けを前にして、「さあ客なんだから笑わせろ」と言っていいのだろうか。そこまでこのお兄ちゃん、及びお兄ちゃんに照明を当てたり音声を後ろでいじっていたり、あるいはこのギャグを考えたであろう作家の人々の人生の左右的責任を持っていいのだろうか。

ここでわたしはかんがえました。
とりあえずここフリンジではそれでいいらしいのだ、と。
客はそういう小難しいことは考えず、たとえばこのお兄ちゃんがしゃべっているのをビールとか飲みながら15分間聞いていて、「あ、つまんね」と思ったら即出て行っていい。そして「あいつはつまらねーぞ」と名指しで批判していい。そういうことになっている。
いいのかこういうことで。
いやいいことになっているのだ。
これがここのシステムなのだ。
こういうコメディ資源をそれほど持ち合わせない国の人間にとり、このシステムはめくるめくほど贅沢な状況に感じるが、
これはコメディ資源が異様に豊かな国ゆえの大いなる消費活動なのだ。
ここはコメディ経済活動が贅沢に花開いている国なのだ。
それはおそらくわたしの想像と理解を超えている。
フリンジというすさまじく巨大な催しを支えて運営していけるだけのコメディ経済基盤がここには存在するのだ。
フリンジのコメディ客とは、自分たちが個人的に満足させられなければ絶対に満足しようとしない非常に贅沢で貪欲で口がおごったやっかいな数十万の生き物なのだ。

いやなんか物凄く当たり前のことをもっともらしく書いているだけなのかもしれないという気がするのですが、わたしにとってはけっこうな衝撃ではありました。

こういう日々を北のエディンバラで経た結果、わたくしはしみじみと「コメディのいきつく先はサービス業である」とサトるにいたったのです。

そしてだからこそ、アンドリュー・ローレンスの前述「コメディをやるなんて所詮売春みたいなもんです」という発言が衝撃だった次第。この細く神経質そうな若いスタンダップのおにいちゃんは完全に何かを越えていた。そして今年のイフ・コメディ大賞を受賞したブレンダン・バーンズのスタンダップもまた、そういうコメディサービス業界化状況を完全に越えてとらえていた舞台でしたが、これはまた改めて。

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