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19 September 2007

マイケル東欧へ:その2

17日にマイケル旅新シリーズNew Europeの第一回目が放映されました。BBC1での日9という手堅い家族団欒安心枠です。

出発点のスロヴェニア・アルプス山中。


「鉄のカーテンが閉ざされ東西が分けられていたころ、それを越えることは非常に難しく、だからわたしの目的地は常にその国々を飛び越えた先にありました。カーテンが開かれた今、わたしは失われた時を取り戻すべく、ここ東欧に来ているのです」。


第一回の旅路。

東欧、特にクロアチアのスプリットやドブロブニクあたりは今、上記の口上のごとく、「戦争も一段落したしではそろそろ」という感じで、(これまで未開拓でありしかも海外旅行に関しては貪欲な)英人たちのの休暇旅行目的地として急上昇しています。ここに例の「ペイリンズ・エフェクト」が拍車をかけることは必至。


ところで以前「サハラ」の初出時、真性マイケラーのパンの木さんの第一声が「おお、カバンが違う!」だったことをいまだ新鮮に記憶しています。だからこのたびはマイケルのカバンに注目していました。しかしなんか今回の東欧マイケルは妙に「手ぶら」です。


手ぶら1。


手ぶら2。



手ぶら3。

唯一カバンがはっきりと確認できたのが、ドブロブニク街中での路上ミュージシャンさんとの場面。どうでしょう真性マイケラーの皆様。

実はこの方はただの路上奏楽者ではなく、アルバム「ラビリンス」でスティングと共演したこともあるその筋では有名なリュート奏者のエディン・カラマゾーフさんです。有名なかたわらいまだ路上で演奏し街中フラットでつましい生活を続けているそうです。


ちなみに上記てぶら3の前方の羊さんは、後にアルバニア的正教方式にのっとり屠られる運命にあり、


正視できない。


ところで東欧の国々をわたる以上、現在復興しつつある街並みをめぐりつつもやはり戦争に言及せずにはおれず。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスターで。

「わたしの背後にあの美しい橋が見えます、今は復旧されていて観光客が集っていますが、あれはかつて1993年の内戦で瞬時かつ無残に破壊されたのです」






一番の衝撃はサラエヴォの地雷地帯の様子。


右端がマイケル。


「ヒマラヤ」はアフガニスタンの銃市場の、カラシニコフを手にした「マイケル・ペイリンと機関銃」の図よりも心ゆさぶられました。それから思わず故ダイアナさんがやはり武装してサラエヴォの地雷地帯を歩いていたという有名な写真を思い出しました。


それにしても…
メガネ初老マイケルにはどうしてもなごんでしまう。

クロアチア・ハーヴァール島の古くこじんまりとしたレストランの厨房です。左のシェフおやじイゴーさんが強い東欧訛りの英語で、スローフードの哲学および「メシはまだかと急がせる観光客に『ハンバーガーでも食ってろ』と言い放ったことがあるよ」と語るのを受け、マイケル「まるでスローフード界のバジル・フォルティですねー」と笑っているところです。

ふと気づいてみれば、この17日は敬老の日でもあったのでした。いい感じに枯れたマイケルを案内に、今後しばらく夢は東欧をかけめぐることになりそうです。




(ところで、マイケルにはどの一人称がふさわしいかいまだわたしは若干迷います。とりあえず当ブログ中では「わたし」でいくことにします。)

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