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13 July 2007

ロンドン日記その3: BBCに行った

マイケル日記を読むと、何度も何度も「今日BBCテレビジョン・センターに行った」という一文が出てきます。BBCTVセンターに行った、行って打ち合わせした、考えた、録画した、人に会った、人と別れた、話が違った、「そらねえよ」と思った、気に食わなくて上の方の人のオフィスに全員でなだれこみ対決してどうしたこうした。フライング・サーカス終了後も70年代通して重要な仕事の場だったから当然とはいえ、なんかこう、ソフトもハードも若いもん同士、楽しみ苦悩しエナジー全開スパークさせて成長して、そして次第に年をとっていく。これはマイケルによるパイソンズとBBC相互のビルドゥングスロマンだと思いました。

そんなふうに若いかれらが日々足を運んで通いつめ、そして後世に残るさまざまなドラマを生んだ舞台となったBBCTVセンターとはいったいどんなところなんだ。と知りたくなりました。なのでその空気をちょっとだけでも感じられるかと、BBCバックステージ・ツアーに参加してきました。料金は大人9.50ポンドとちょっとお高めでしたが、これはその価値じゅうぶんあってかなり面白く、そしてたいそう感動的なものでしたよ。

BBCテレビジョン・センターはロンドン北西、地下鉄ホワイト・シティ駅の目の前にあります。

というより、ホワイト・シティは目の前にはBBCしかない、どちらかという殺風景なエリアです。その殺風景の中にBBCの妙な建物(後述)がでんとある様子は一種異様です。


メイン入り口前には、3月にガザでイスラム系過激派に誘拐されたBBC記者アラン・ジョンストン氏の解放をアピールするバナーがかかっていましたが、

実はこの数日前の7月4日、すでにジョンストン氏は114日ぶりに解放されていたのです。
古新聞ですみませんが一面トップ報道の様子。
(余談ですが同紙はこの日ライブ・アース特集を組んでおり、右上にちらりと倖田來未が見えます)

7月4日まではビル本体にも大バナーがかかっていました。ウィキぺディアにその画像があります。

ジョンストン氏が解放された4日には、このバナーのもとの中庭にBBC社員が大集結し「われわれの願いはかなった!もうこれは必要ない!さあ今われわれはこの幕を下ろすのだ!」と気勢を上げ、「イエー!」という歓声の中で盛大に幕がはぎ取られる様子がニュースでさかんに流れていました。でもこんな目立つ入り口にまだ解放前の垂れものが。取り忘れてしまったのかBBCの人々。

と思いましたが、
本ビル内に入ると、同様の「FREE ALAN JOHNSTON(アラン・ジョンストンを解放せよ)」というポスターがそこらじゅうに貼りまくられていました。たまにその上に重ねて、上掲新聞写真のにこやかなジョンストン氏の写真を載せた「ALAN JOHNSTON FREED(アラン・ジョンストン解放しむ)」というアップデート版が貼られている場合もありましたが、大部分は「解放せよ」のままでした。これは意識的にそのままにしているなと思いました。BBCの人たちは当分この事件を忘れないつもりのようです。

いや先を急ぎすぎました。ツアー始まりに戻ります。
とにかくこういう事件があったり、最近はロンドンが(また)爆破され(かけ)たりしてやや騒がしくなってきたので、レセプションに集合後、最初に中に入るとき、本ビルメインゲート(下記グーグル地図参照)では空港なみの金探つきのかなりきびしいセキュリティチェックがあります。

真ん中紫シャツの女性が本ツアーガイドその1、ちょっとベイビー・スパイス似の美女デビーさん。ガイドさんその2は、ここには映っていませんが、トム・コンティをプレス業界的にちょっと崩したようなジョンさんでした。

ここでチェックを無事パスすると、デビーさんからお客さんIDがもらえます。

デビーさんとジョンさんは予約の段階で作成されたツアー参加者十数名の名簿を携帯していました。そしてツアー始まりと中盤に点呼をし、さらにその後途中でも陽気な顔でさりげなく参加者をバード・ウォッチャーのように目で数えたりしていて、本社ビル内で消えたりする人がいないようにふたりとも気を配っているのがよくわかりました。

で、この特徴のある妙なBBCビルに直面します。

おお、「盗まれたアナウンサー」。

(手持ちのフライング・サーカスDVDは米版で、そしてわたしのぱそではもうリージョンの違うものは再生できなくなってしまっているゆえ、上記スケッチ画像は実はYouTubeからのコピーです。以下のスケッチ画像も同。すみません。)

それにしてもかねがねBBCビルは何故またこのような妙な形をしているのかと思っていたのですが、今回デビーさんからその説明があり謎がとけました。

もともとのBBCのヘッドクォーターはオックスフォード・サーカスからリージェント・ストリートを上ったところにあります。現在でもその建物は主にラジオのスタジオとして機能しています。しかし戦後になると大規模なTVスタジオが必要になってきたので、じゃあいろいろまとめてホワイト・シティの土地に建てようとなりました。が、何故か、理由は不明ですが、そのBBCホワイト・シティの敷地は変な細い三角形というか、ピザの一切れみたいな形をしていたのです。そこをいかに有効に使おうかと検討を重ねた結果、ピザ一切れの縁から中心に向かって巨大な「ハテナマーク」を描くように建物を丸めて詰めこんだんだそうです。

グーグル航空写真だと「巨大なハテナ」がよく見えます。北に足を向けたさかさハテナです。→★★★
右上の目印がホワイト・シティ駅、真ん中の印は正門前で、その正門前の目線が上掲の「特徴ある外観」です。

ちなみにこの「ハテナ」には最後の「テン」があるべきところにありません。上リンクグーグルとほぼ同様の航空写真を見せて説明してくれたデビーさんに「なんでテンがないんですか?」と訊ねたところ、「さあ、昔の人の考えることはよくわからないんですが、パブででも図面引いて酔っ払ってたんじゃないでしょうか?」とのよし。そうかBBCは酔っ払いの人に設計されたのか。BBCの人たちは、ハテナの頭の中の円を最後の「テン」と見なし、この部分を「ドット」と呼んでいるそうです。

「ドット」内部から中心にある彫刻ごしに空を見あげたところ。まわりもぐるっと360度きれいな円を描いています。この彫刻は「ラディエーション」、この高い柱の根元にさらに2体ある彫刻は「サウンド」「ヴィジョン」を表現し、3体で「テレヴィジョン」の概念を現している、のだそうです。

そんなBBCトリビアはともかく、ここから盗まれたアナウンサーが。

基本はほとんど変わっていないようです。BBCがびんぼうで(なのかどうかはともかく)、特に改修などしていなくてよかったです。上記グーグル地図にアナウンサーが運ばれた道筋の線を引いてみました。


ちなみにここから先の本ビル内は「ふつうに職員が忙しく働いている職場なので」という理由で、写真撮影はご法度でした。内部はすごくフォトジェニックで、うわあ写真撮りたいと思うこと多々ありつつも、BBCではたらくひとびとに敬意を表しつつここから先はテキスト中心になります。

最後の写真許可地点、上掲地図の「ツアー・エントランス」前にぽつんと放置されていたドクター・フーの旧モデルターディス。わたしは最近ドクター・フー(ただし10代目デイヴィッド・テナント限定)にヤラレているので個人的狂喜乱舞。

どのくらいいるのか不明ですがドクターファンの方々にささげます。いい年をした英人たちもみな大喜びで、交代で並んでは写真をばしばし撮りまくっていました。


このエントランスから中に入り、まずニュースセンターをひとまわりします。このニュースセンター局が、60年代のままにやや古びたBBCビル外観からは想像もつかない、いわゆる「とてもカッコイイ先端ハイテクオフィス」を体現したようなところでした。そこで働いている老若男女の皆様は背筋がぴっとのばしてかつかつ歩き、「世界トップレベルメディアのしかもニュース担当なのだ」というプライドというかオーラがゆんゆん出ている人々ばかりでした。

もっともジョンさんいわく、「ニュースに関しわたしたちは正確性・速報性に誇りを持ってやっていますが、でも最近はたとえば、えー、スカイニュースさんがいまして、かれらは実はわたしたちよりもニュースに関しては速かったりするんですね。かなり速いですね。でも、えー、スカイさんはニュースが入っても事実の裏を取らないでそのまま流す傾向があるのです。でもわたしたちは必ず別の情報源から事実確認を取りますから。その点ではBBCの方が。えー。いやライバルをおとしめようとしているのではなく、かれらは立派な仕事をしていますしそれは尊敬するのであって。でもその。えー。そういうわけです」。やや歯切れが悪く参加者の間でも「ああそうですかははは」とやや気まずい笑いが。

そして一旦「ステージ・エントランス」から「ドット」中庭へ。
デビーさん「この『ステージ・エントランス』はここが建てられた当時は職員も出入りする正面玄関でしたが、現在は有名人ゲストの『ステージ・ドア』として機能しています。そういう人たちはメインゲートを車で通り、その入り口に横付けされ、入ってきて受付に名前を登録してゲストIDを受け取ることになっています。いや、おとといはこのツアーをやっているときにジョナサン・ロスのトークショウに出るブルース・ウィリスがちょうど来ていて、たいへんな騒ぎになったんですよ。こういうことはわりとあって、一度などはジョニー・デップとツアーがかちあわせたことがあります。それはもうたいへんなことに。でも、ブルース・ウィリスもジョニー・デップも、ちゃんと入り口から歩いてきて受付で名前を登録してIDをもらいました。どんな有名人でもそうします。しかし、その手続きを飛ばして内部に無条件で入った例外が過去にふたりいました。誰だかおわかりですか?」

ツアー参加者たち「んー?」「誰?」

「ひとりは女王様です。(参加者「なるほど。」)女王様の車はここを飛ばしてこの奥の特別控え室前まで直行で横付けされ、そこからお入りいただきました。で、もうひとりは誰でしょう?」

「誰?」「トニー・ブレア?」

「違います。トニーもちゃんとその手続きを踏みました。違うんです。そのいまひとりの例外とは、誰あろう、ミス・ジェニファー・ロペスです!

「おお」

「ミス・ロペスは車の中からここを一瞥するなり『あたしこんなとこ通るのいや』とおっしゃいまして、だから女王様と同じく奥まで直行いただきまして、さらにその控え室に関しても、白を好まれるミス・ロペスの前もってのご要望により、白いカーテン、白い壁と床とインテリア(このためにBBCは壁と床を塗りなおしました)、部屋いっぱいの大量の白い生花、シャンペンその他を備えたお部屋を、ミス・ロペスおよびご同行の方々のために整えて計7室をご用意いたしました。で、みなさん、ご存知ですか。ミス・ロペスがそのお部屋に滞在したのは、計20分間でした」。

参加者のひとり「あのー、質問していいですか」

「どうぞ」

「そういうカーテンだ塗りなおしだ花束だの費用は、どこから出たんですか」

「それはみなさまのTVライセンスからでは決してありません。ミス・ロペスに全額ご負担頂きました。BBCとしても先方にご負担いただくのでしたらゲストサービスのためにもやぶさかでは決してなく」

BBCの人がそういう内情をしゃべっちゃっていいのかなー、と思いつつ、ロペス嬢に関するゴシップは実は面白かったです。

そしてふたたびステージ・エントランスから建物中に入り、デビーさん「これからみなさんをTVスタジオにご案内します」。

いくつかドアをくぐり抜け、そして多数あるスタジオの中から第6スタジオへ。

第6スタジオはバスケのコートが一面取れるふつうの体育館くらいの大きさと高さで、内部は今は何もなくがらんとしています。足元の床は滑らない黒いリノリウム張り、ぐるりの壁際には何をするのか想像もつかない機材が詰まり、見上げるとはるか上空には縦横に鉄骨がはりめぐらされ、そこにほとんど無数の照明たちが、コードをからみつくツルのように渦巻かせながらむらがりぶら下がっています。

ジョンさん「これがBBCの平均的なTVスタジオです。こういう空間がこのまわりに複数あり、第1スタジオのみもっと広いですが、その他はみなこのようなサイズです。昔はひとつ番組を撮ろうとすると機材の都合でこのくらい広い空間が必要でした。たとえばカメラ一台やマイク一台操作するのも男性が3人がかりだったんですね。けれど今の撮影技術では、これほど広い空間は実は必要ないんですね。カメラもひとりで操作できますし。ただこういう広く余裕のある空間を持つことは、番組制作上では悪いことではないです」。

参加者「あの、上の照明落ちたりしませんか?」

「大丈夫です。安全です。落ちたりなどしません。少なくともわたしの知る限りでは落ちたことはない、はずです。はは」

「何か事故が起きたことは?」

「ございません。人が死んだりなどそういうこともない、はずです。わたしの知る限りでは。ははは」

皆やや不安なおももちでふたたび上を見上げ「はははははは」。

「パーキー(マイケル・パーキンソン、BBC長寿トーク番組のホスト。英国民は皆「パーキー」と親しみをこめて呼ぶ)は特にこの第6スタジオでの撮影を好みました。何故かというと、他のスタジオでは調整機材が上の2階レベルにあるのですが、第6ではその機材がみなこの地べた上の壁際にあるからです。ほら、その後ろの壁際ですよ(皆ふり向く。後方壁際に松本零士デザインのようなひときわ目立つキカイがある)。パーキーは収録中もディレクターやコントローラーと、ダイレクトに同じ目線で語らうことを好みました」

伊丹十三がどこかで書いていた、「オニカイさーん!」問題だなとちょっと思ったり。

「そういう番組のときは、こちら半分にセットが組まれ、ここからむこうに観客席が設けられるんです。いろんな番組のセットが裏にたたまれて収納してあって、必要なときはあの角のドアから搬入されます。ブルー・ピーター(BBC長寿子供番組)の多くもこの第6で撮影されたんですよ。ねえ君(と一行の中の男児ふたり組に向かい)、ブルー・ピーター好き?」

「嫌い!」「きらーい!」

「(ぐっ) …ああそう、なんで嫌いなのかな?一度も見たことないかな?」

「見たことあるよ!」「でもたいくつ!」「つまんない!」「面白くなーい!きゃきゃきゃ!ぶー!」

「(ぐぐっ) …じゃあその時間は何をしているのかな?ひょっとしてITVやCH4見てるのかなあー?」

「違うよ!」

「…じゃあ何、えーと、ネットやってるの?ゲーム?」

「そうだよ!」「ネット!」「ゲーム!」「面白い!」

「(向き直り)みなさん、これなんですよ我々が戦わねばならない相手は。若者は今テレビよりPCというメディアに向かい合っているのであり…」

コドモ「それ違!」「ずれてるよ!」「遅れてるよ!」「きゃきゃきゃ」

「…(けっこう衝撃を受けたっぽいが立ち直り) …わ、わたしたちの相手ですね。それでは次行きましょうか」

考えをストレートに口に出すことを恐れない英人コドモたちを前によろめくジョンさんとともに、一同向きを変えてスタジオ出口方面に向かおうとしたとき。

「ああすみません皆さん、言い忘れてました。この第6にはほかにも興味深い番組がいろいろありまして」

皆足を止めてふり向くと、

「パーキーもそうですが歴史的な番組、例えばフォルティ・タワーズはここで撮影されたんですよ」

がーん。この空間で。この平面上で。わたしの人生を強制横スクロール移動させたアレはここでっ。かの名場面たちが10倍速の走馬灯で脳裏をかけめぐり。戦争と言っちゃいかん。デザートにネズミはいかがですか?馬乗り黄色ぱんつ。ジャック・フィニィ的に時がぐぐぐと30年さかのぼり。心は千々に乱れ思わず土下座でリノリウム床を崇拝しそうに。「ジジジジョンさん、空気ビニールにつめて持って帰っていいですか」とほとんど口に出しかけ。これはかなりめくるめきました。ビバ第6スタジオ。永遠なれ第6スタジオ。世界遺産。

デビーさん「それではもうひとつスタジオにご案内します。第8スタジオです」

う、もうちょっとこの空間を愛でていたいんだけどな、とうしろ髪引かれつつ外に出ました。そこから廊下をしばらく歩き、またいくつかドアをくぐり抜け、階段を4階ぶんほどのぼり、息を切らせつつさらに歩いたところから、第8スタジオの天井近くの上空にしつらえられたガラス張りのギャラリー席へ。

今度はかなり高い位置からやはり体育館ほどのスタジオを一望します。目の前の高さに天井があり、鉄骨とツル状コードと下がる無数の照明が目の前に迫っています。しかし無数の照明にも、よく見るとひとつひとつに番号札が振られています。きっとBBC照明プロの人々は、全部把握してかるがると識別しているのでしょう。

それにしても照明とは目の前で見るとひとかかえ以上ありそうなかなりでかいものです。このくらいの高さから落ちたこんなでかい鉄塊に頭を直撃されて、大怪我をしたとはいえよくも月影先生は命が助かったものです。あとキャンディ・キャンディのスザナとか。いや古い例で申し訳ありませんが。でも、さっきの参加者の「照明って落ちないんですか?」質問にあらわれるように「落ちる照明の恐怖」は洋の東西をとわず偏在するもののようです。

下のやはり黒いリノリウム張りのスタジオにはこちらもがらんと何もありませんが、その空間の中で健康そうな若者男女たち数人がしきりにナウいダンスを練習しているのが見えます。

「ああ、今『ダンスX』のリハーサルをやってますね。皆さんご覧になっていらっしゃら… (皆ひかえめに首を振る) …ない、ですかそうですか。はは。あははは」

かわいそうなデビーさん。確かダンスXとはポップ・アイドルのダンス版番組、だと思います。実はわたしも見ていない。けれども下を眺めるうちに、そこのワンノブ健康的な踊る男子が、アラディン・セインのTシャツを着ているのを目撃。気に入った。顔を記憶。今度から見てそして応援するぞアラディン男子。

「実はこの第8は特別なスタジオなんです。何故かというと、古今のコメディはほとんどここで撮影されたんですね。だからここは『コメディ・スタジオ』と呼ばれています」

『コメディ』というキーワードにわたしの耳がぴっとそばだち。

「例えば、えーと、最近ではリトル・ブリテンですね。それからオンリー・フールズ・アンド・ホーセズもここですね。デル・ボーイとロドニーの部屋はあのへんに(と下のある一角を指す)あったんです。それから古いものではポリッジとか、あ、それから、モンティ・パイソンズ・フライング・サーカスもここで撮影されたんですよ」

が、ががーん。あそこの空間で。あそこの平面上で。わたしの人生強制横スクロール移動かの名場面たち30倍走馬鹿馬とこのオウムは死んでいるんですがフクロ詰めでこんがり焼いたベーコンとタマゴとソーセージとグダイブルースパムスパムラブリスパームとメダマヤキと詰めもんはどこだレミンザBDA銃を捨てろいやわが武器はみっつでよっつでコ、コンフィチェアーバトロスはキコリになりたくて森に誘われちゃった!誘われちゃった!ううう脳がイタイ!!というかほとんど実際に脳貧血のごとく気がぐらりと遠くなりかける中、薄れる意識下のココロのさけび「わたしをあそこに下ろしてくれというか下ろしてくださいどうか今すぐあそこに行かせてくださいそしたら一生文句は言わん大BBC様!!」

デビーさん「はいじゃ皆さん、次行きますよー」

ぞろぞろぞろ。う、うしろがみ。ちくそうBBC一生文句言ったる。

もっともツアー順路はスタジオ等の使用状況次第で常に変動しているそうです。だからタイミングによっては第8地上に降り立てるのかもしれない。そうか!それならばいつか必ず戻ってくるぞと勇ましく、最後にふりかえりはるかな第8の床にわたしは誓いました。本気。

そんなことを考えながら率いられ、天気予報局に向かうというので、長い階段をぽくぽく下り、地表にたどりつき息をついてふと階段前のホールを見上げると
う?
と目の前に予期せぬしかしなんだか妙に見覚えのあるエレベーターが。
えっ、
あっ、
ここはアナウンサーが盗まれていったエレベーター前空間ではないかっ。

がががーん。ああこれだこのエレベーターだ。このエレベーターが今目の前にあるのだ。今の写真が撮れないのがとても残念だ。この銀色のエレベーターをわたしはよく知っている。初めて見るのになんてなつかしいんだ。なんだか混乱する。めくるめくデジャブ感助けてください牛乳配達の精神科医さん。

特徴のある円形建物なので外から「あそこだろうな」と見当をつけることができた「ドット」のアナウンサー順路と異なり、このエレベーター廊下はまったく無防備アタマでいたところにいきなり出くわしたので、かなりびっくり動揺しました。ああ心臓に悪い。死に至るモンティ・パイソン。37年の時空を超えてなおかつ、やつらにはうっかりするとこんがり焼かれて取って食われてしまいそうです。本気で、次にはビニール袋完備で来よう。


そしてツアーのシメにしっかり連れていかれるミヤゲ売店で買ったBBCマグ。

「オモウツボ」という言葉もよぎりますが、とりあえずびんぼうなBBCさんの電気代の足しにでもならんことを。


それにしても。
ツアーが終わり、外に出て改めてあたりを見回しました。やはりホワイト・シティとは、上掲グーグル航空写真にも現われているように基本的にBBC以外は倉庫など、華に欠けた殺風景なエリアです。

正門を背に立ち、ひといきついてその変哲もない倉庫群を眺めつつ考えました。
細かなところはともかく、おそらくこのへんのこういう感じはたぶん数十年前からあまり変わっていない。ということは、あの若いパイソンたちはこの風景を日々見ながら、ここに通って、この門を通って、そしてあのドットの午後3時の位置にあるステージ・ドアから中に入って行ったわけだ。ふむ。そういえばマイケルが、サタデー・ナイト・ライブに初めて呼ばれて行った78年4月の日記に、NBCのオフィスやスタジオはエンパイア・ステート・ビルをのぞむ摩天楼群どまんなかに高く切られファッショナブルなニューヨーク空間を見下ろしてそびえている、という驚きを数行費やして連ねていたっけ。この(元)国営放送局の質実剛健ながら妙な建物とこのまわりの英国的に殺風景を見慣れていたならば、あのロックフェラー・プラザは確かに驚きだろう。なんだかその数行がふと実感として急にせまってきて、わたしは殺風景な空を見上げてタバコを吸ったりしていたのです。

BBCツアー詳細頁→★★★(要電話予約)。


ところで、女王様の報道に関し不手際があったとしてBBCが謝罪しています。→★★★
さまざまなBBC報道体制事情が透けて見えるシリアスな事件ですが、それにしても、「BBC女王様に謝罪す」という見出しだけでどうしてもニヤリとしてしまいます。

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08 July 2007

ロンドン日記その2: スパマロットにしひがし

◇ 右コラムにココログ検索機能をつけたしました。管理人ですらときどき「あの記事はいつのどれだっただろうか」と迷うラビリンスブログのともしびとしてお役立てください。


◇ ロンドン話題ついでに、ちょっと前の写真ですがあげ忘れていたのでひとつ。去年末書き入れどきのヴァージン・メガストア、オックスフォード・ストリート店さんの盛大なディスプレイです。

左の茶色ポスターはクリスマスに合わせて新装発売されたホリグレ3枚組DVD箱。確かフィルムのコマがおまけについてたりとかしたはずです。そして6月26日記事でも触れたスパマロットスパムが散りばめられています。クリスマス前にパイソンばっかり積み上げて売らんかなコーナーを作ってくれるCD・DVD屋さんは多いですが、ロンドンど真ん中でのこの扱いはかなり感動しました。やはり、ここにもポスターがありますが、歩いて5分ほどの近所パレス・シアターで上演されているスパマロットの影響が大きいようです。

◇ そういえば映画「スパイダーマン3」を見ていたら、スパマロットの看板が一瞬ですが識別可能な大きさでばーんと映ったのでわたしはかなりびびりました。MJがミュージカル女優デビューした劇場の外見が映ったとき、隣くらいの近場で上演されているのがはっきり見えました。おかげでこちとらはココロが千々に乱れその後しばらく話が頭に入らず困ったのですが、要するにMJはブロードウェイ沿いの一流劇場に出演していてこんな人気芝居も近くで上演されているんだよという記号みたいな扱いで、よく見たら「ウィッキド」等の劇場もMJの劇場の近くにあるようで看板が見えます。一応実際のシューバート・シアター近辺の地理を知るいちスパマファンとしては「違」と言いかけたもののそれはやはり野暮というもので。ちなみに映画「ザ・プロデューサーズ」に出てきたシューバート・シアターは本建物だけではなく道や向かいの店々の感じもかなり正確でびっくりしました。


◇ で、おとといロンドンではスパマロットポスターのデザインが変わっていることを発見。明るすぎる面を見ていて皆サングラス着用になったようです。これは地下鉄トテナム・コート・ロード駅の通路のものですが、ロンドンの地下鉄じゅうに他のミュージカルや映画のポスターにまじりぺたぺた貼られています。楽しいです。

下のMonty Python’s SPAMALOTのロゴはふつうの印刷なのですが、よくできていて打ち出しみたいに見えるので、思わず近寄って触ってしまいました。スパマロットにだまされるのはたいへん楽しいです。スパマロットには今後もずっといろんなことでだまされていたいです。


◇ それにしても。
2004-05年度のトニー賞をつらつら思い出します。
あのときのスパマロットは、ノミネートが14部門に対し、実際の受賞はベストミュージカル部門を含むも結局3部門にとどまり、だからちと「なんだフタ開けりゃそんなもんかよ」みたいな空気が(特に英国の厳しいメディア上では)ありました。しかしそのときスパマロットを蹴落とし主要な賞を取っていった「ライト・イン・ザ・ピアッツァ」や「ペテン師とサギ師」や「第25回パトナム郡スペリング・ビー」は、結局なんだかだ言ってロンドンには来ていないのです。スパマロットだけがラスベガスを始め全米に出回りかつロンドンに(逆)輸入されていて繁盛しています。これはどう解釈したらいいのか。「ガンジー」や「炎のランナー」や「愛と哀しみの果て」がオスカーを取るかたわらで、「レイダース」や「E.T.」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が人々の記憶に残るようなものでしょうか。いやたとえが古くて申し訳ありませんが。けれど04-05年度トニー賞一覧を見るにつけ、この中でいまだ生き残ってしかも海外に拡大までしているのはスパマロットだけという事実の前に、英語圏におけるパイソンの底力とはなかなかあなどれないものだと改めて思います。なんなんだこの強さは。

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07 July 2007

ロンドン日記その1: 路上の人

◇ きのう上ロンドンしてロンぶらしていたとき見た、オックスフォード・ストリートはセルフリッジス前のごみ箱を非常に熱心に掘り返していた路上生活者の方が、エリックに物凄くそっくりでした。驚いて立ち止まりしげしげと作業中のお姿を拝見申し上げましたが、拝見すればするほど、背格好・うつむいた横顔・髪の色と巻き具合、そしてロンドンスパマロット初日のときに着ているのを見た適当なジャンパーと肩掛け布カバンなど特徴が一致しています。記憶脳からはさかんに「これはエリックである」と信号が送られてきます。思わず脂汗が流れました。盛夏の真昼、雑多人種な観光客群が非情にざくざくざくと流れゆく大都市ロンドンのかの目抜き通りで、ひとりわき目もふらずごみ箱をあさるかの人を前にわたしは時間ごと凍って結界に入ったがごとく凝視で立ちすくんだのです。

で、しばしの時が経過したあとわたしはやはりこの路上の人はエリックではないと結論づけたのですが、それはただ「いくらなんでもエリック・アイドルがオックスフォード・ストリートでゴミバコをあさっているはずがない」という理屈によります。記憶の認識信号を否定できたわけでは決してありません。わたしはいったいどうすればよいのでしょう。

◇ しかしロンドンは最近また標的にされ爆破されかけて一時的に機能が止まっていましたが、もうあまり騒がずにふつうに動いていました。ふとおととしのちょうど今日、この街が本当に爆破されたとき、女王様が「わたしたちはこのような攻撃の前に日常生活を乱されては断じてならないのです」と力強く宣言していたことを思いだしました。そして、この女王様の言葉は決してはげましでも同情でもなんでもなく、もともと伝統的に英国民性としてある「動揺せず感情を表に出さないことこそが美しいのである」という精神を再確認していただけだったのだなあと、しれっとふつうの顔して動いているロンドンを眺めながら思いました。

今回の上ロンではいろいろあったのでゆるゆる続きます。

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