« シュレック3ロンドンプレミアに行った | Main | おフランススパムとパイソンサボテンその後 »

16 June 2007

MOONSTRUCK!

今、下のシュレック話題のコメントを書いていて思い出しました、マイク・マイヤーズがキース・ムーンの伝記映画をやるということを。imdbにはタイトル以外まだ何もあがっていないようですが、しかしキースである以上パイソンズに接触するのではないか。少なくともグレアムくらいは出てきてしかるべきではないか。それは誰がやるのか。ここでいっちょリース・イヴァンズ=グレアム説が復活しないものか。でもリースはすでにピーター・クックになっちゃってるしそのへんとの兼ね合いはどうなのか。いやその前に、ピート・タウンジェンドなどの役の前に出るのかどうかすら不明のパイソンとか気にしてて人間としていいのか。

と、たいへん気になるあまり、そもそもキースをマイクがやるのはどうよという点は自分の中ではわりと見過ごされています。個人的に「パイソンズが仕事を終えるのをバルバドスの浜辺でじっと待っているキース」の再現を希望しつつ、待て、2009年。

おまけ:
先月BBCのドキュメンタリー企画として生まれた、メンバー平均年齢(おそらく)世界最年長バンドThe Zimmersのデビュー曲「マイ・ジェネレーション」→
売上は高齢者支援団体に寄付されるそうです。このページの下方のZimmers photo gallery がかなりイカします。ヘルズ・グラニーズも真っ青。

|

« シュレック3ロンドンプレミアに行った | Main | おフランススパムとパイソンサボテンその後 »

Comments

うわあそうでしたそうでした、キース・ムーンやるって企画がありましたねえ。すっかり忘れてましたよ。ちゃんとやるんだあ、うわあ。確かにグレアムくらいは出てほしいですねえ。
なんて偉そうに書いてますが、Not Only But Alwaysなんて知りませんでしたよ。こんな映画が出来てたんだ、しかももうDVDになってるんだ・・・。
Not Only But Alsoでの、ピーター・クックの女装は美しかったなあ。

Posted by: みうら | 17 June 2007 at 14:49

クックと聞けば、出てきちゃいますよ、エフェソスです、こんばんは。

>Not Only But Alsoでの、ピーター・クックの女装は美しかった

映画撮影のパロディのとか、レディ・マジストレイトは確かに綺麗ですね。グレタ・ガルボは、わたしはちょっと怖い…。クックは女装はけっこう好きだったようですね。グレタ・ガルボの格好が気に入って、オレの方が美人だ、なんて言っていたそうですし、嘆きの天使のマレーネ・ディートリヒの衣装を着たときは、そのままの格好でランチを食べに出て周囲がぎょっとするのを楽しんだらしいです。

>リースはすでにピーター・クックになっちゃってる

この方ならグレアム役も上手にやれそうですよね。リース・イヴァンズさん(読み方が初めてわかりました! akkoさん、ありがとうございます)については、それまで存知上げなかったのですが、ほんとに上手な役者さんですね。Not Only But Alwaysでは、チャット・ショーなどの映像が残っている70年代以降を役作りの参考にしたんだろうなと思います。アッパーミドルにあるまじきしゃべり方とか、いつもだるそうに椅子の肘かけに肘を乗せて斜めに傾いて座って、手首を折って垂らした指にタバコを挟んでいるところとか、デレク&クライブ後のやさぐれたクックそっくりです。
(でも、60年代のクックはこうじゃなかったんですよ(泣)。確かに生意気でやんちゃでしたが、優雅で歌うような柔らかい話し方をして、まわりに気を配る、いかにも育ちのよさそうな若者だったんです。)

しかし、伝記映画、伝記ドラマというのは、難しいですね。公平に生涯を描きつつエンターテイメントでなければならないという兼ね合いがあるはずで。というのも、Not Only But Alwaysは…ううう。リースさんの演技力は素晴らしいのですが、脚本が…。これはテレビの、いわゆる伝記ドラマ(biopic)ですけど、‘伝記’は取って、ただのドラマと呼びたいです…。都合のよいエピソードを恣意的に選び、それが起きた時期も場所も意味合いも自由に変え、創作でつないでいるからです。わかりやすいライズ・アンド・フォールのストーリーに仕立てるため、70年代以降のクックは単純な下り坂として描かれました。

たとえば、クックは70年代にもブロードウェイ公演を成功させ、2度目のトニー賞特別賞を受賞(1度目はビヨンド・ザ・フリンジ)、サントラでグラミー賞まで受けているのですが、このドラマは、これを無視してアルコール関係の話題に専念します。しかも、別の時点のアルコール関係のエピソードを全てブロードウェイでの話にしてしまったので、まるでアメリカ公演は失敗したかのような印象になっています。

クックはアルコール依存症になってからも時折、周囲をあっと言わせるものを作り、天才の健在ぶりを示すのですが、これも描かれません。
アルコールがクックの憂鬱と不機嫌を引き出してしまったのは事実ですが、クックは次第に以前のチャーミングな人柄を取り戻します。これも描かれません。
クックは年を取っても茶目っ気を持ち続けた人でした。若い頃から好きな遊びだった罪のないいたずら電話を、晩年にも性懲りも無くかけたりしているのが愉快なのですが、このドラマでは、なんと、寒々とした画面と寂寥感あふれる音楽を使って、これを老境の孤独を表すエピソードに仕立ててしまいました。

また、このドラマは、クックが終始一貫してダドリー・ムーアに対して傲慢に振舞ったように描きます。これには最初の奥さんウェンディさんも首をひねっています。「ダドリーとの間には暖かいものがあったのに。ピーターはダドリーのことを妻よりよっぽど好きだったのよ」

リチャード・イングラムさん(プライベート・アイの元編集長)も、これはわたしの知っているピーターではないとオブザーバーに書きました。
・・・the Cook that Rhys Ifans gives us is a thoroughly unsympathetic character, horrid to Dudley, cruel to his wives. There is none of his charm, none of his basic sweetness of character.・・・All I can say is that over the many years I knew Peter, he was never cruel to me. I was interested to hear that Joe McGrath, the brilliant producer of Not Only But Also, said the same thing.・・・
(全文は、下のガーディアンのサイトで読めます)
http://observer.guardian.co.uk/review/story/0,6903,1376641,00.html 

このドラマを見て気分が落ち込んだら、ジョナサン・ミラーのお言葉を解毒剤に:「ピーターの生涯を勝手に悲劇にするな。あいつはあいつで楽しんでいたんだから」名高い演出家が悲劇にするなというのですから、心強いですよね...。

そして、キース・ムーン映画への期待もありますけど、もし、グレアムの伝記映画の話が復活したら、このドラマのような変なバイアスがかからないものになるといいなあと、心から祈っています。

(すいません、またも長くなりました。)

Posted by: エフェソス | 19 June 2007 at 18:59

みうらさん
マイク=キースの可能性について英人は気になるようで、デイリー・テレグラフにこういう記事がありました。パイソンの話もほんのちょっと出ています。
http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/06/15/nosplit/bfshrek115.xml

英国のテレビは毎年末に亡きコメディアンの特番(回想録および最盛期の再放送など)を集中的に組みます。それが誰になるかは、水面下で談合しているわけではないのでしょうが、何故かBBCと民放で一致する傾向があります。Not Only But Alwaysは、おととしの年末のターゲットがピーター・クックだったときのCH4のTVドラマです。眉唾で見ることにすれば(エフェソスさんもお書きのとおり)とにかくイヴァンズがうまい。一見の価値はあります。二見以降はともかく。


エフェソスさん
わたしは正直言ってエフェソスさんほどクックは詳しくはないのですが、Not Only But Always は、イヴァンズの演技を別にしてとりあえず眉唾だと思いました。上記のように毎年末に何故亡きコメディアンをなつかしむ特集が組まれるかというと、感動的にできるからだと思います。以前もどっかで書いたような気がしますが、それは「こういう無頼派のコメディアンがいて、生きているうちは無頼派で自他共に大変だった、でも今振り返ると彼は偉大だった」と、言わば「死んだコメディアンは皆いいコメディアンである」というかなりわかりやすいライズ&フォールズ&リヴァイヴズな構図にされやすい。この国でのコメディの重要性、および「コメディアン」と「裏の悲劇」というゴシッピーな対比があるから余計に。ちなみに今まで年末感動ねたになったのは、知る限りでスパイク・ミリガン(複数年)、ピーター・クック、そして去年末は実はグレアム(と、パイソンズ全般)でした(←けっこうナニだったので当ブログで心おだやかに取り上げる勇気がいまだに出ません。今年末はロニー・バーカーまたはモアコム&ワイズに一票)。あとジェフリー・ラッシュがやったピーター・セラーズの伝記映画もこういう「死んだコメディアンは(略)」のカテゴリに入るという気がします。

>「ピーターの生涯を勝手に悲劇にするな。あいつはあいつで楽しんでいたんだから」
これいい言葉ですね。いやいいと言っていいのかどうか。
亡きいかりや長介さんが自著で「長年こういう仕事をやっている人間同士の関係は、悪いんだけど一般の人々には絶対に想像がつかないんだよ」、という意味のことを書いていたのを思い出しました(ドリフとフリンジ連が同じ土俵で語れるかというとそれはまた別の問題ですが)。とにかく、彼らはわれわれが絶対に知りえないピーターを知っているのです。それはグレアムとパイソンズにしても同じだと思います。

Posted by: akko | 25 June 2007 at 00:04

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« シュレック3ロンドンプレミアに行った | Main | おフランススパムとパイソンサボテンその後 »