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26 January 2007

またまたゆくQくるQ

実家地元映画館で今日がカジノ・ロワイヤルの最終日、えーいこれで大画面見納めだーと、半分ヤケクソで英日通算8回目を見に行きました。そしていろいろねちねちと考えました。

・ボンドの腕にGPSを埋めこむおじさんが気になる。Mとも顔見知りみたいだからMI6のテクノロジ担当の人なんだろうが、何故この人がQではないのだ。あの一瞬セリフなしの出番、でもよく見たらジョン・クリーズ、だったら相当面白かったと思うんだが。
・仕事先にアストン・マーチンDB5を手配するのは、MではなくQの仕事じゃないのか。あれがQだったら、つまりボンドは「愛してるよQ(はぁと♪)」と言ったわけで、惜しいおしすぎる。
・カジノ勝負のメンツの中にひとり、アーチー・リーチがそのまま年とったみたいな、ジョンヒゲなしバージョン似のおっさんがいるのがすごい気になる。ボンドがヴェスパカクテルを注文したとき最初に「じゃ自分もそれを」と頼む人。ラブリーな後頭部まで似ている。勝負2日目からは卓についていないので(部屋の中にはいる)、どうやら1日目で全部ボンドとル・シッフルとフクツさんににむしられたらしい。連れている女性はかなり美人の人だったけど、金むちゃくちゃスッたわけだし裏で相当おこられていたんじゃないだろうか。
・「M」がMの本名のイニシャルならば、「Q」はなんなんだろう。Q太郎とか?あたまに毛がさんぼんしかないんだよ?
・ところでMが帰宅してきてボンド発見、そのときにこわきに抱えていた新聞を「ごらんなさいこんな騒ぎに!」とテーブルに叩きつけるけど、あの新聞はどう見てもザ・サンかデイリー・ミラーであり、すなわち労働党系やや下品なタブロイド新聞である。(最近はインテリ新聞タイムズとかインディペンデントなどもタブロイドサイズ版を発行しているが、あのヘッドラインのフォントが明らかに下品タブロイドのものである。)お役人のMさんはそんな新聞読んでていいのか。
・ナッソー空港からオーシャンクラブまでボンドさんはフォードモンデオを運転しているけれど、あれはその前の状況をかんがみるに、レンタカー以外ありえない。ボンドさんはサングラス姿でかっこよく空港に降り立ったあとで、中のエイヴィスあるいはハーツのカウンターにとことこ行って手続きとかしてたんだろうか。いやエイヴィスやハーツだったらナビがついてていいはずなのにあのモンデオにはついていない。もっと地元ローカルの安い会社なのか。もしボンドが「安さ一番ナッソーニコニコレンタカー」とかに乗ってたらわたしは一体どうすればいいんだ。
・しかしそれでも映画公開前後、フォード社の中の人たちは「今度のボンドはモンデオに乗るんだぜーい!」とすんごく喜んでいて、自社CMにあの一瞬のシーンをくりかえし使っていたことを今思い出した。英国における「ボンドカー」のステイタスとはやはりすごいのだと思った。
・それにしては、ランドローヴァーの中の人たちは沈黙を守っているようで。いやあれは歴代「ボンドカー」の中でも、まっぷたつBMWに匹敵する面白さだったと思うんだが。ちなみにあのときぐわしゃ!とやられる後ろの車はジャガーだったが。
・今までボンド映画冒頭に必ずあった振り返って銃を撃つあのカット、あれってあんなにかっこいいのに、結局便所の中だったんですね。
・設定した送金暗証番号が実は「ボンド、こわいよ」とかだったらかなりいやだと思いました。←マルサの女2参照。
・いやQから話がそれてふつうに映画の話をしてしまいましたが、結局なにが言いたいかというと、冒頭で爆弾男を追っかけてブルドーザーでゴゴゴゴゴと爆走してくるボンドさんに、8回見て8回とも、反射的に「り、べ~んじ!」と心でアテてしまっていたということです。ってまだQから話それてますが。

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22 January 2007

マイケル日記日記

ちょっと間があいてしまいました。実はその間いろいろあって、先週から日本にこっそり帰ってきています。これから3月なかば頃まで本八幡駅近辺を徘徊しつつ、その一方で関係オフ方面にまぎれこみビールを飲んでいたりしている可能性がありますが、発見した際はトビゲリなどはせず、どうかそっとテーブルごと東京湾に放りこんでやってください。

ところで最近マイケル日記にはまっています。これはたいそう面白い本です。もっとも出だしはややスロー・スターターで、「パイソン・イヤーズ」と銘打たれているもののパイソンの話になかなか突入しないぞという印象がありました。だから最初は読んでいて、「あ惜しい、うそこをもうちっと、いやそこをわたしは知りたいのであり」としばし感じていました。

しかし読み進むとあるページで現在のマイケル自身が、「初期のパイソンとはつまりそれまでと同じような仕事のひとつだったのであり、自分たちが今やっていることがこれほど重要になるという意識は当時ぜんぜんなかった。それにしても何故シリー・ウォークやスペイン異教裁判なんかができたいきさつを記録しないでいられたんだ>自分」という意味の自己ツッコミを入れている。そこで一気に納得がいきました。これが、ほかでもないパイソン本人の当時の視線なのだと。「惜しい」とか「何故あれが」と言う権利は30年後に読むヲタクにはないのだ。そこに書かれていることは、書かれていないことをも同時に含めて全部正しいのだ。30年後のヲタクの仕事は、例えば何がどう当時のマイケル脳で「記録すべきもの」あるいは「しなくていいもの」と判断されたのかを読みとり、「記録しない」と判断されたのにもかかわらず今非常に重要になっていることは何か、そしてその理由は何かを問う、ということではなかろうか。と。

それにしても、かのように出だしはスローなのですが、パイソンが重要になってきた頃すなわち放映が第2シリーズ後半にさしかかった時期あたりから内容が俄然面白くなります。と言うより、金も時間もなく若さでわーっとやっていた初期よりも、第3・4シリーズあるいは映画や本などが始まり、みなそれぞれの思惑を抱く大人になって、かれらの中でいろいろ波風が立ってきたあたりの方が、こう言っちゃなんですがぜんぜん面白い。いやこう書いていてヲタクってなんてひどい読者なんだと思います、思うんですが、ごめんなさいマイケルさん、ジョンが去りフライング・サーカスも終わってエリックもどっかに行っちゃってパイソンが散開しかけている時期の、マイケルの苦悩というか「ぼくとテリーはこんなに働いているのになんでこんなことになっているんだ」という、いい人だから隠そうとしてそれでも文章の端々ににじみ出てしまう深く静かなマイケル的イカリ、それがもうものすごく面白い。ああなんてひどいことをすみません、でも本当に面白いです。

ところで話は戻りますが、この本にヲタクとして問いかけそして頁と対話する、これがたいへん楽しい。
たとえば、
・ 何故グレアムの飲酒問題ははっきりと正面から書かれず、なんとなくぼかされ続けているのだろう。かの「これは今朝はいっぱいだったんだ」事件の日も、それらしき記述は一切ない。というより、グレアムが遅刻したとかどっかに行っちゃったとかそういう行動はときどき触れられてはいるんだが、その原因に立ち入ろうとしていない。
・ ジョンがいろいろあってこういう行動をしてもうやめると言っている、ということはかなりはっきりと記述がある。とはいえ、記述はされるものの「またジョンがこういうことを」のように流しているように見える。
・ ジョンがそういうふうに流され続けている一方、エリックがある日マイケル宅にやってきて、改まった感じで「ぼくもう今後はパイソンやんないことにしたから」と告げる。マイケルがその日をもって「パイソンが本当に終わった日」と呼んでいるのは何故だろうか。
・ (ところでそういうパイソンを終わらせて別行動をとろうとしていたエリックこそが、いまだにきっちりパイソンで稼いでいるってのもどうよ。)
・ こんなに忙しそうなマイケルが、それでも奥さんともちゃんと仲よくしているのがえらい。よく考えたら、最初に結婚して、それをずうっと続けていて、そして今では最初からの結婚生活が続いている唯一のパイソンなのだマイケル。
・ でも奥さんもともかく、ところでマイケルはテリJとちょっと仲よすぎと違いますか。仕事を一緒にするのはいいとして、どうしていつもロンドン以外の仕事に出ると相部屋に泊まるんですか。パイソン後期には相当裕福になっているんだしもう大人なんだからせめて別室にしてもらえませんか。読んでて脂汗が出てくるんですが。
・ デイヴィッド・ボウイが相当なパイソンファンだったということは知っていたものの(ロッキン・オン誌のインタビューの最中に素知らぬ顔で「カエルのエセル」スケッチを引用した前科あり。あいにくロッキノンの中の人は知らなかったようで突っこまずにそのまま流してしまった。惜しいことをした)、かれがパイソンステージツアーをわざわざ実際に見に来ていた(しかもミック・ジャガーと)とは初耳でした。へー!
・ ジョングレの映画(『マイケル・リマー』)や自分が脚本を書いた舞台(『アラジン』)など、他人の仕事をけっこう遠慮なく批判しているのが面白い。若いなあ、マイケル。

今後もときどきマイケル日記話題が出てくることが予想されます。

さてお話やや変わりまして。
こんなふうに頭の中がすっかりマイケラーなので、こないだ車を出して数時間走り、シュルーズベリ・スクールを見に行ってきました。英国で数本の指に入るポッシュなパブリックスクールで、言うまでもなくマイケルの出身校です。格としてはシュルーズベリの方がジョンのクリフトンよりかなり上です。
画像はクリックで拡大します。





左奥の高台に立っているのがかの学校。これ以上は学校の敷地になるので近づけませんでした。右下にはおだやかに川が流れているのが見えます。





川正面。
川べりの建物にはボート部の部室兼倉庫だと表示がありました。ボート部員だったマイケル少年はかつてこの川をこいでいたのでしょう。川をはさんだ向かいのクアリー公園(Quarry Park)の川岸からが一番よいビューポイントのようです。





公園ビューポイントからの視線。何故ここがビューポイントとわかるかというと、





こういうものがすえつけてあるから。右下に公園での現在位置があります。そして左上に注目。





左上拡大。
しかしポッシュなシュルーズベリをダーウィンとマイケルとでくくるとは、まるで東山魁夷ときたろうで市川市を要約するような力技です。





川岸の柵を乗り越えたり塀によじ登ったりして、なんとか学校にもっと接近して写真を撮れないかといろいろじたばた試みて手が汚れました。結局上掲の写真以上には近づけませんでしたが。上に見えているのは「早く行こうよー」と言っている相棒の足。





さて、シュルーズベリ・スクールを抱くクアリー公園とはこんなんです。雰囲気はおそらく当時とほとんど変わってはいないでしょう。彼方にいるのが、はるばるシュルーズベリにつき合ってくれたはいいのですがけっこう疲れて座りこんでいる相棒。





ここは緑の芝生と木々に守られた非常に美しい一帯です。遠く都会と隔絶された空は高く晴れて鳥はぴいと鳴き、ココロに降りつもった日ごろのヨゴレが穏やかに洗い流されるようです。すてきだ。この国はこういう国だったのだ。この明るくなつかしい緑の中を永遠に歩いていたい。ああロスロリアンの森を見出した指輪の旅の仲間の気持ちが今わかった。と思いました。そしてマイケルはこのエルフの森のように穏やかな緑と水とに囲まれて人格形成期の数年間を過ごしたのだ、ということがわかり、わたしはなんだか非常ーに納得しました。いや具体的に何を納得したかというと説明が難しいのですが、ここはなにかそういうことを語りかけてくる場所です。








それから今さかんに、マイケルがエルフというのはなかなかいいんだがそれならやっぱりテリJがギムリなのか。いや最後までふたりでがんばったという点ではフロドの旦那とサムなのか。そういえば映画のピピンはエリックに妙に似ていたような。グレアムとジョンとどっちがボロミアの薄幸っぽさが似合うか。ゴクリは… テリG… あの怪獣ぽい感じが… とかいろいろ雑念がわいてきて困っています。

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