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15 October 2006

15OCT : 管理人私信とチェルトナム文学

突然しかも私事で恐縮ですが、今週なかばから来週にかけてちとばかり実家に帰省することになりました。
あそんでやってもいいよというお方は、どうか市川のわが実家方面にむけて手旗信号・モールス信号・ノロシなどでご連絡くださいませ。

それから10月9日のチェルトナム文学フェスティバル、行きました、もうヤケクソで。秋のチェルトナムはとてもいい感じに文学の街になっていて、作家さんや物書きさんがいっぱい来ていて、そこら中で講演やトークやディスカッションが行なわれていました。観客のほうも、チェルトナムというちとポッシュな土地によく似合う明らかに知的なオトナたち(除わたし)でした。同じまつりでも、十数万人の若者が全員泥だらけで泥酔してたりキメてたりラリってたりするグラストンベリー・フェスティバルとは、客層がずいぶん違うもんだと思いました。

しかしあれです。テリJに本気で古代ヨーロッパ史について語らせると、もうわたくしの薄い知識ではようついていけないことが発覚。かれは実に楽しそうにしゃべっていて、しかも数百人入る立派な劇場にいっぱい人が来ていたのに、もうちっと予習していけばもっと面白かったに違いないと後悔しきり。これからはわたしはテリJを心の「先生」とうやまい、(ちなみにテリGは「巨匠」でジョンは「重鎮」。他のひとびとについてはいろいろ考えてはいる)、とりあえず先生の著書を読んで勉強することを誓いました。

それにしても、パイソンたちの中で一番若いときと印象が変わらないのがテリJ氏だと思うのですが、どうでしょうか。ふかふかした感じがすてきです。

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07 October 2006

07OCT : マイケル日記発売

こんな楽しみを密林なんかにまかせておらりょうかと、3日に本屋に光の速さで走って行って買いました。
画像はクリックで拡大します。



発売日店頭ですでに割引されているのがさすが再販制度のない国。BBCラジオ4で朗読番組があったようで、聞き逃してちょっとくやしい。
カバンに突っこみ持ち歩きどこででも読んでいるので、発売日から4日間ですでに上部がよれつつあります。



しかし棚に並んでいるのを手にとると「ずしっ」、思わず「重っ!」そして「厚っ!!」
よく見ると本文が608ページ、索引がさらに49ページあります。膨大な仕事です。




ので、



思わず重さをはかった。
このブログに登場する本はどうしても重さをはかられる運命にあるようです。



おお1㎏突破!

(もっとも密度が濃ゆいのか、手に持って「より重い」と感じるのは正伝の方です。)

えーだから、重さをくらべてどうしようというのだ自分。
と自己ツッコミを入れつつ、
表紙を開くとこれでした。

比類なき38年間ぶんがみちみちです。もういきなりやられてしまいました。



読み始めたばかりですがこれまでにわかったこと。
・マイケルは奥さんとお子さんが大好きである。
・パイソンズがトーキーのグレニーグルホテルに泊まったのは、70年5月11日である。
・マイケルとテリJがオースティンとローバーに乗っていたパイソン初期、エリックの車はアルファロメオだった。(ちなみにそのころジョンはベントレーをころがしていたはずです。)

600ページぶんのマイケル人生、これから長ぁいおつきあいです。しかしよく考えるとこれは三部作の一作目だからこれがあと二冊続くわけで、ひえーと思いましたが、これから当分浴びるようにマイケルまみれな日々、それはもうラドルチェビータというか、いや嬉しいうれしい。

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01 October 2006

01OCT : アーサー王の帰還

9月30日でした。
ロンドンウェストエンドのスパマロットのプレビュー初日でした。
まだスパマロットという文字もぜんぜん存在しなかったころから「なんかこういうミュージカル話があるらしいぞ」とああだこうださわいできたので、その後その芝居がちゃんとできてきて、その上ブロードウェイで大ヒット、さらに全米拡大ツアー、来年からはラスベガスにも定着、そして今回ロンドンに逆輸入されることになりついにその初日、というこの事態がにわかには信じがたいです。

でも信じられなくてもいい、信じられなくても嘘でも幻覚でもお花畑でもとにかくキリギリスはそこに行かなければ、とチケットを買って見に行きました。

まず、残念ながらこの初日にはニューヨークで起こったような生き残りパ組全員集合はありませんでした。オフィシャルの一般開演日である10月16日にひょっとしたらあるのかもしれませんが、どこにどう問い合わせても今のところはっきりわかりません。それに16日、あるいはほかの日に仮にナニカがあったところで、おそらくわたしはそれを見ることができないでしょう。いや自分が見られないからといって別にどうでもいいというわけでは決してなく、そういうことになったらそれはご縁がなかったということでいいのですが、しかしもしそれが本当に起こりしかも目撃できなかったら、いまだにはげしく残っている「ジョージ・ハリソン追悼ライブパイソンズ尻見逃しの件の傷」に塩をざりざり塗りこまれ熱湯注がれることは間違いありません。ううう。とまだぜんぜん起こっていない、というか起こるかどうかすらわからないことですでにダメージを受けています。


とりあえず初日にはそこにいようとキリギリス的に気を取り直し、一路ロンドンをめざして南下しました。
★の画像はクリックで拡大します。


午後5時ごろ、夕暮れのパレス・シアターはこんなふうでした。

ああなんてステキなながめであることか。小道の奥にあるブロードウェイのシューバート・シアターとは異なり、この劇場はこんなふうにシャフツベリー・アベニューとチャリング・クロスとの広い交差点の角に建っているので、ステキなスパマロット空間が外に向かって優雅にひらかれているかのようです。それからこの交差点が、「ケンブリッジ・サーカス」であることに今さら気がつきました。(画像右上に表示が見えるでしょうか。ちなみに例の1963年フットライツレビューの「ケンブリッジ・サーカス」の劇場は、ここではなく、この角からシャフツベリー・アベニューをもう少し奥に入ったリリック・シアターです。まぎらわしいので若干の混乱を招いたそうです。)


周囲はすごいことだかなんだかよくわからないあおりポスターだらけです。


そりゃそうだろう



それはじまんできることなのか



「ふうん女の子かあ」「よしてくださいよあなた」
ちとわかりにくいですが、一番下のWitch Burnings が赤線で消されています。実はスパマロットからは魔女裁判のシーンがまるごと落ちており、よってかわいそうなことにサー・ベデヴィアの出番がほとんどありません。なんでも初期の脚本にはあったものの、予算の都合で削られたという記事をどこかで読みました。



ボックスオフィスのとこ。


本日のチケットはオフィシャルには完売ですが、「リターン券待ちはここんとこに並べ」と言っている看板もパイソンです。これを撮ってからまもなく、看板の後ろにはずらりと列がつらなり始めました。開演ぎりぎりになってもまだ人はたくさん並んでいました。


ところで、開演は8時なのになぜこんな時間から自分はここにいるのかなあ、おかしいなあどうしてかなあと素知らぬ顔しつつわたしは裏にまわりました。

すると、ステージドア近辺にどうも同類くさい人々が人待ち顔でたむろしているのを発見。

(同類の見分け方: 片手にカメラもう片手に油性ペンを握りしめ、肩からはいろいろなブツが入っているので観劇客にしては妙に大きなカバンが下がっている)

おお同類だ、やはり来てしまうのだね同類たちよ。実は自分もしっかりそのタグイの人間であるわけです。そのうちのひとりとすばやく「誰か見た?」「いや、まだ誰も」と短い会話を交わしました。

でももうすぐなにかあるよ、とキリギリス触覚にデンパを感じ、日が落ちて次第に冷えこんでくるロンドンの空気のなか待つことしばし。



やがて不意に「お」と空気が動いたと思ったら、





あっエリックだっ。




「やあ君たち、いつから待ってた?開演まであと2時間もあるよ?」とか言いつつ、同類がさしだすヲタ物件にさらさらサインをしたり写真を撮られたりしています。

で、

すみませんごめんなさい。

はずかしい告白をします。

わたしはそこで、

「正伝」を出したのです。


(すみませんもうしわけありませんわたくしはこういう展開を若干期待して1キロ本を妙に大きなカバンに詰めて持っていってたのです。)


「えええエリックさん、実はこういう本がじゃぱんにありまして、でこの本はこれこれシカジカでして」
「えー?これが?これどの本?え、オートバイオグラフィって、あの厚いやつ?あれを日本語の本に?うひゃー信じられん、よくやったもんだ」


そこでさらにはずかしげもなく「すいませんここにサインをください」とお願いしてしまい、すると「もちろん」とさらさらさら。








家 宝 決 定 。



「きみ、今夜の見るんだよね?楽しんでいくといいよ」
「そうです、けど楽しいのはもう知ってます」
「え?」
「いや実はニューヨークですでに3回見てるんです。でもロンドン版はどうなってるか知りたくて」
「…えー、それはなんというか、どうもありがとう。びっくりした。じゃ、ロンドンでもよい時間をすごしてほしい」

その後しばらくその他の同類たちを交えて立ち話をした後、エリックはグリーク・ストリートをソーホーに向かって歩いて去っていきました。



ちなみにこちらはその後、大人気のティム・カリーさんです。






さて、開演時間も近づいてきたので、スパマロット土産物物件をあれこれ物色した後劇場内に入りました。そしてえーとわたしの席はどこかしらと券を片手にうろうろしていたときふと、客に同化した変哲もないセーター姿のエリックが、客席後方の通路に立ち、まだ幕が下りている舞台をじっと眺めているのに気がつきました。まわりのロンドンびとはときどきふりかえり、「あ、あれはあいつじゃん」というささやきが聞こえたりもしましたが、みな礼儀正しくさりげなく距離を置いていました。

そして芝居。アーサー王のティム・カリーがココナツの蹄音高らかに現れると観客から大歓声が起こりました。どうもロンドンの観客はすごくリラックスしていて最初からよくあったまっているようです。

スパマロットはホリグレをベースにしているとはいえ、ブロードウェイ仕様ゆえアメリカナイズされているネタも多くなっています。そのへんはロンドンの舞台ではどうするんだろうと思っていたら、アメリカ的ネタもほぼそのままやっちゃっていました。そしてロンドンの人々は平気で笑っていました。なかなか強靭な消化能力を持つ人々だと思いました。ただ、さすがにサー・ロビンの持ち歌 You Won’t Succeed on Broadway は You Won’t Succeed on Shaftesbury になっていて、その他の歌やセリフも「ブロードウェイ」の部分が適宜「ロンドン」や「ウェストエンド」に置き換えられていました。しかしいずれにせよ、ロビンのかの「芝居を成功させるにはユダヤ人を味方に取り込め」という大胆な主張は変わっておらず、そしてロビンがこう口にした瞬間、客席は「うわーう!」とかなりざわめきました。

しかし英人のみなさんにとり、自分とこの文化(と言ってしまおう)が、アメリカっぽく化粧をほどこされてアメリカで大いに受けて、そして受けたからってそのまま自分のとこに戻されてきて今それを見ている、ってのはどんな気分かなと少し考えもします。「エビータ」を見ているアルゼンチンの人々のようなもんでしょうか。いやあまり役立つたとえではないですが。ちょっとその感覚は想像がつかないです。

でもそんなことはおかまいなしに、人々は新しいギャグによく反応しつつ、一方でなじみのキャラクターやセリフが出てくると「イエーイ!」と嬉しそうに拍手、知っているセリフは口々に同調(「(ちーん)ぶりんがーうちゃでーっど!」「ふぇっちらばーしゃ!」「ニッ!」「ニッ!」「しゅらべりー!」「ティム!」)、歌も一緒に歌っていて、「今われわれはとても面白い芝居を見ているんだよ楽しいなあ」と感じている観客が示す反応を全部示していました。これはかなりすてきな時間と空間でした。なんか泣けてきました。だってなにしろこの21世紀に、ロンドンのウェストエンドの劇場満杯の人々が、フィナーレで総立ちになり拍手に続いて「オールウェイズ」を楽しそうに身体動かしながら歌ってるんです、これに感動せずにいられようか。そしてフィナーレとアンコールが終了し出演者が去ると、舞台のスクリーンには例の「PISS OFF!」の文字が。でも人々はすっかりその失礼さも平気なあたまになっているらしく、かまわずげらげら笑っていました。

これはいいぞおー、これから面白いことになるぞー、と考えつつ人波にまざって劇場出口に向かっているとき、うしろからちょんちょんとつつく人がいます。ふり返るとそれはエリックでした。どうやら客席でふつうに通して見ていたようです。そして、「どうだった?面白かった?」とたずねてきました。わあエリック・アイドルにちょんちょんされてしまった、もうこれ超ウルトラロイヤル家宝経験決定だあ、と思いつつ、「いやロンドンのほうが面白かったです観客の感じがよくて最高でした」と答えると、エリックはひとつウィンクをして、楽屋方面に去っていきました。

春はあけぼの、夏はよる、パイソンはロンドン、やはり野に置けパイソン草。アメリカのスパマロットは時とともに次第に深く静かに浸透していきましたが、故郷ロンドンに帰ってきてそこにまかれた21世紀のパイソ種はどうはびこって、もとい、育っていくのか。仮にこの土壌では育たずいきなり終わってしまったとしてもそれはそれでまたパイソンらしくていいと思うんですが、とりあえずしばらく定点観測です。

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