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26 August 2006

26AUG : 笑うエディンバラ2006その3

ちょっと余談です。
昨夜アッセンブリーのミュージック・ホールわきのバーで、わたしはアダム・ヒルズの開演を待っていました。
するとそのふたつ前のスロットでやはりミュージック・ホールの舞台に立っていたはずの、ティム・ブルック=テイラーとグレアム・ガーデンが連れ立って現れました。ふたりとも帰り支度で肩にカバンがかかっていました。
そこにアッセンブリーのスタッフシャツの女の子が走ってやってきて、奥のプレスルームの方を指さし、早口で何か用ありげにしゃべりました。そして「ちょっと待っててください」という仕草を両手で示し、また小走りで去っていきました。
ふたりは女の子の後ろ姿を見送って、「じゃ」という感じでバーのカウンターに寄りかかり、待ち体勢になったのですが、
そのときかれらふたりの距離がとても近かったんです。
いや、人と人との距離ってありますよね。知り合い度とか親しさによって左右される、人間が話をするときに無意識に置く間隔。
ミドルクラスの英人男性同士の場合、たとえ親しくても、「ミドルクラスの英人男性同士」であるべき一定の空間が常にあるような気がするんですが、
そのときティムさんとグレアムさんの立ち位置はものすごく近かった。それは不意をつかれるほど、見ていて思わず「近い」と感じてしまうくらいの。
初老で白髪になったグディーズふたりはそういう距離で当たり前のように立っていて、そして互いにささやくように話をしてはときどき笑顔が見えました。わたしは反対側の壁際で、この光景を覚えておこうと、かれらがプレスルームに呼ばれて去るまでテーブルに頬杖ついてじーと眺めていました。

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Comments

こんにちは。書き込みをさせていただくのは二度目、その時につかったハンドルネームはすっかり忘れてしまっている、通りすがりの者です。
 akkoさんが書かれたエピソードが、あんまりにもすばらしかったので、こうしてコメントを残させていただくことにしました。
 人間の物理的な距離、とりわけ、男性間の距離というものは、僕がシャーロック・ホームズが好きなこと、名探偵とその親しい友人の距離を映像作品などでチェックしてしまうこと——等々からして、ぼんやりとではありますが考えさせられてきた事柄でした。
 頬杖を突いている日本人女性の存在を含めて、当のお二人には何気ない時間であったのでしょうが、海の向こうのネットによる傍観者としてはたまらないものがありました。
 普段の更新にも楽しみをありがとうと感謝しつつ、このあたり失礼させていただきます。フリンジから日常への復帰、がんばらずにがんばってください。

Posted by: キイ | 31 August 2006 at 07:33

コメントをどうもありがとうございます。なんか感動しました。そして、パイソンとともにグディーズ普及をも切望するいちポンニチ者としては、本編が面白くて音楽が素晴らしいという事実とともに、こういうグディーズの人間的側面からなんとか切り込んでいけないかとちょっと考えたりもします。
だからここで(以前にも書いたけれど何回でも)さけんでみてよろしいでしょうか:

ティム・ブルック=テイラーはファン相手の態度が世界一礼儀正しい人だ!
いや本当に。

それから、確か原作のホームズ君とワトソン君はたまに腕組んで歩いてたりしていたと記憶しています。映像ではそういうとこはどうなっているのでしょう。ホームズのクスリ摂取描写とともに「当時ならともかく今の社会じゃやばいんで」という理由で削除されたりしてないでしょうか。あとピーター・セラーズとその助手が一緒に寝てたりしてたやつがあったけれど、あれはピンク・パンサーかそれとも名探偵登場だったか、えーと話が違う方面に深入りする前にとりあえず。まだエディぼけさめやらぬようです管理人。

Posted by: akko | 02 September 2006 at 18:24

akkoさん>
 お返事ありがとうございます。
 おっしゃるとおり、ホームズとワトスンくんは腕を組んで歩きます。日本でも一般的な映像化ホームズであるところのジェレミー・ホームズの場合、ホームズがワトスンの肘をかっさらってゆくシーンが、しっかりと再現されています。
 小学生であった僕は、少しばかりの違和感を覚えたものでした。が、もう少し色々なことがわかってきてからは、やばい描写なのかも? という思考をすっとばして、当時はそうだったんだ、という結論に速やかに到ることができました。
 お薬については、さすがに割愛されていますが、アヘン窟は出てきます。ただ、でかい注射針が映っていたような記憶も……。他の映像化作品ホームズとごっちゃになっているかもしれません。
 ピーター・セラーズがベッドインの件ですが、ピンク・パンサーだったような気がします。あ……でも、名探偵登場でも助手(運転手?)がいましたか……。
 もうひとつだけ。ホームズが眠っているベッドがあまりにも小さいことに、小学生であるところの僕はとても驚いて、名探偵ってでかいんだ! という結論に到ったのですが、ベッドの方が小さいんですね。もちろん、ホームズも6フィートちょいであるとされているので、長身なんですが。
 今現在、僕がもっとも見たいのは、身長が196センチもあるホームズが、シャーロッキアーナたちの不興を買った映像作品です。大昔、地上波で見たような記憶があるのですが……。確実に足りませんね、ベッドの長さ。
 
 ティム・ブルック=テイラー、会計士ダンス(特におさわりのところ)が大好きです。それに、彼がパイソンの一員となっていたかもしれない、という可能性に対してのあまりに謙虚なコメントも。
 
 新しい更新、これから拝見します!

Posted by: キイ | 05 September 2006 at 12:56

はじめまして。akkoさんの、情報豊富で読み手を楽しませてくれる文章が好きで、よくお邪魔しています。素敵です。

書き込むのは初めてで、しかも、横から、こんな形で口を挟むのもどうか、と躊躇したんですが。キイさんが指摘したティムのコメント、私もあれ?と思っていたことだったので。

うーん、わたし、英語の聞き取りは不十分なんで自信ないんですが、もしかして、字幕の「僕の力量では彼らの才能についていけなかったね」というのは、スペースがなくて、まとめすぎちゃった結果、すごく卑下して響くようになったんでは。

ティム自身は、「力量」や「才能」という言葉は使ってないですよね...ティムが言いたかったのは、パイソンは執筆と演技のチームだったが、自分は執筆と演技を同等にやるタイプでない、だから、自分がパイソンズというのは考えにくい、ということだったのでは。事実、ティムは、GoodiesでもISIRTAでも、ライターではなくなってきたわけですし。

ちがうかしらん...akkoさん?


あと、そうだ!akkoさん、前に、Life of BrianのBrianの由来について書かれてましたよね。
もしかして、それまで、エフェソスの聖なる蜂(by Peter Cook)か、とか思ってました? 私、最近これを発見して、おおっ!だったので。

‘And the bee told me that we are to expect a Saviour – a Messiah – who shall be called Brian.’

パイソンのだれかに無意識に刷り込まれてないかしらん。


Posted by: エフェソスの半分蜂 | 09 September 2006 at 09:37

★キイさん
ジョンがホームズ関係にかかわったのは、1977年のThe Strange Case of the End of Civilization as We Know It と1973年のElementary My Dear Watson ですね。以前本屋立読活動の一環としてデータ満載のホームズ映像化作品辞典をぱらぱらめくっていたら、この両方が網羅されており、うーんさすがシャーロキアン、その目からは何者も逃れられないのだと尊敬しました。しかし不評なんですかジョンホームズ。確かに、ジェレミー・ブレットと並べると同一人物だとはとても思えないのも事実ですが。

ちなみに今ちゃっと流してみたら、The Strange Case は米でDVDになっているということを発見、驚愕、光の速さで購入しようとしたところで Romance With A Double Bass もまたDVDで入手可であることを目撃、たおれました。パイソン全集もしれっとふつうに販売されているし、アメリカはかっこいいところです。

★エフェソスの半分蜂さん
はじめまして。そしてすごい情報をありがとうございました。ピーター・クックは一般の人が知っている程度しか実は知らず、そのブライアンの件もぜんぜん存じ上げませんでした(投石ボコボコボコ)。これ、きっとそうです>無意識に刷りこまれている。
もしよろしければ、どこでそのスクリプトが読めるか教えてください。勉強します。

その名前になった理由としてマイケルはとりあえず「ブライアンという名前が面白い」と言っていましたが、そういう感覚は、ネイティブから教わらないとなかなかわからないものです。映画 The Sunshine Boys で、ウォルター・マッソーが「キャベツは面白いがニンジンは面白くない」(でしたっけ)とずらずら野菜の名前を挙げて断定しているくだりをなんとなく思い出しました。

それからキイさんにもお願い。初期マック8ビット白黒頭の管理人は、そのティムさん発言の当該個所がどうしても思い出せません(新たな投石ボコボコボコボコそして大石に押し潰される)。どうかご教示ください。猛省を促し勉強します。

Posted by: akko | 12 September 2006 at 01:07

 まず最初に。
 ああ説明を忘れた、足りてない、って思っていたんです。会計士コントが好きだと申し上げておりましたが、ティムさんのコメントが収録されているのは、この間、日本でも発売されましたDVDの『アット・ラスト・ザ・1948・ショウ』です。
 エフェソスの半分蜂さんがコメントされてたのも、このDVDの得点映像にあった、近年のティムさんが応えているインタビューのことだと思います。僕はまったく英語が解せませんが(後述しますが、とても残念です)、まったくもって、あまりに謙虚なコメントが字幕表示されていました。
 
 そして、あれからずっと記憶を掘り起こす作業を続けていたのですが、見たような気がしていたジョン・ホームズ……十中八九見られていません。どうやら、とても背の大きなホームズを見たという記憶としてクリストファー・リー、コニー・ブースが出演しているものを見たという理由としてマーガレット・コリンという女優さんを混同していたようです。190センチ台なのと、「コ」の字しかあってません。
 前者の勘違いは、確か「新シャーロック・ホームズの冒険」という二作くらい作られた長編ドラマで、後者の勘違いは「帰ってきたシャーロック・ホームズ」という、名探偵が冷凍保存されていて現代のロンドンにやってくるお話しでした。
 
 そんなこんなで、ジョン・ホームズに関する記憶をどこで得たのか、それなりに探してみたのですが……ありました、シャーロック・ホームズの辞書にしっかりとジョン・クリーズの項目が。さらに、別の研究書でも、数行をわざわざ割かれ、酷評されております。
 僕はそれなりにそれなりなホームズファンなのですが、正統派な蘊蓄たっぷりのパロディよりも、どうせなら飾り気のない地味なパスティーシュか、思いっきり馬鹿なものが好みです。
 で、ここで後述したかった事柄なのですが、アメリカではジョン・ホームズが観られるのですね! 欲しい!……でも、英語がわからない!
 動きだけで我慢できるものか、これから心の中でせめぎ合いです。

Posted by: キイ | 13 September 2006 at 18:03

akkoさん、お忙しい中、お返事ありがとうございます。

◆エフェソスの聖なる蜂(Holy Bee of Ephesus)について◆
(長いです。すいません。人様のブログに。あああ。ごめんなさい。)

akkoさん、ごめんなさい、私が見たのは断片です、しかも伝聞の。私も読みたいなあ、と思っているのに、全文をさがせてません。ううう(泣)。

問題箇所は、クックの伝記本(‘Peter Cook; A Biography’, by Harry Thompson, 1997)にトレバー・ナンによる引用として載っていたんです(p.66)。

トレバー・ナンは、クックが、Interesting Factsをやったあと、アンコールで舞台に立ったとき、これを即興で創りながら語ったところを目撃したというのです。ただ、引用中、Life of Brianを思い起こさせるのは、問題箇所のみです。(これのために伝記本を買うのはちょっと、でしょう、ご要望あれば、打ちますよん。この前を入れても10行ぐらいですから。いつも楽しませていただいているので、へっちゃらです、お申し付けください。)

これは、クックが大学の3年生のときのことなので、パイソンズは入学前です。ただ、もう、想像ですが、トレバー・ナンは、すごく感動したというような語り口なので、こんなふうにみんなに話してまわったんじゃないかなあと思ったり。即興が生まれる瞬間を見たのって、ちょっと自慢でしょうし。

ところで! 別の機会に、少なくともグレアムは、Holy Bee of Ephesusを見ています!
(クック伝記本p.101。その元は、グレアムの自伝‘A Liar’s Autobiography’p.72)

ビヨンド・ザ・フリンジは、フリンジから即ウェストエンドに移ったんではなく、その間、何ヶ月も空きができてしまいました。せっかくの勢いがだれるのがいやだったクックは、ケンブリッジに戻ります。ここならクックを見たいという人が大勢いるからです。

グレアムは、このときHoly Bee of Ephesusを見たのですが、残念なことに、問題箇所については言及していません。クックは演じるたびにあれこれアレンジしてしまうので有名なので、このときに問題箇所があったのかはわかりません。なお、グレアムが自伝で言及する箇所には、後にパイソンのオウムで使われる‘stunned’が出てくるということのほうに、クック伝記本の著者は注目しています。

クックは、Holy Bee of Ephesusが好きだったみたいです。伝記本によると、後になっても、繰り返し演じているようなんです。でも、内容が当時としたら冒涜的と思われる危険があったのかもしれず、限られた観客にだけ演じていたのかもしれないと思われる節もあります。シナリオ集(‘Tragically I was an Only Twin’)にも見当たりません(まだ全部読み切れてないんですが、ブラウジングした限り)。

シナリオが紙に書かれていない可能性もあります。クックは、「最良のジャズ[のインプロヴィゼーション]のように」(by ダドリー・ムーア)即興がうまく、自信もあって(でも失敗も目撃されてますね、グレアムに)、紙にいちいち全部書くのは面倒だと思っていたらしいです...。どうやったら見つかるのか。The Establishment(ファンクラブ)に聞くとかでしょうか...うーん...。

あと、ピーターがスケッチでよく使う男性名は、アーサー、ブライアン、ロジャーみたいです。これまで気づいたところでは。

Posted by: エフェソスの半分蜂 | 16 September 2006 at 12:33

訂正です。

トレバー・ナンが見たクックは、3年生ではなく2年生でした。

すいません、何度もうるさくて。

Posted by: エフェソスの半分蜂 | 17 September 2006 at 01:46

まずティム発言に関し、当該箇所を教えてくださりありがとうございました>キイさん。
その1948DVDのインタビュー、見直してみたらティムさんは最後のほうで
"It was at the time when I think I could have easily been in the Python then, but I don't think I would have been right for a Python, I don't think I was as good as those writers as some of them were, they were very much for a writing and performing ... team"
と(細部が違うかもしれませんが)言っています。
若干カッコ内で言葉をおぎないますが、しゃべっているトーンからしてこれは
「そのころ仮にパイソンに加わっていたとしても不思議ではなかったけれども、自分はパイソン(の方法)に合っていたとは思わない。ぼくは彼らのように書けるライターではなかった、(なぜなら)彼らは書けてしかも演じられるひとつのチームとして(存在して)いたからだ」
という印象です。
ティムさんはファンに対する態度が世界一礼儀正しくて育ちのよい英人男性的にたいへん奥ゆかしい紳士ですが、そこはそれ、英コメディ史上に燦然とかがやく「四人のヨークシャー男」という名作を書いたという事実(実際は他の人の手も入っているそうですが、オフィシャルにはティム作ということになっているそうで)、その後はフライング・サーカスとあえて違うことをやり、そっちの方でカルト的成功をおさめたグディーズの一員だったということ(後期はいろいろあったとはいえ、やはりティムのキャラクターなしにはグディーズはありえない)、そのへんの自負みたいなものが I don't think I would have been RIGHT for a pythonの「ライト」の部分に垣間見えるような気がするんですがどうでしょう。

★改めてキイさん
買いなさい(断言)。とりあえず買わないと永遠に何も起こらないですが、しかし、買っておけば今すぐでなくてもそのうちなんとなく人生が辻褄をあわせる方向にうごき始めて結局なんとかなっちゃうのです。考えるのは後でもできる!さあ今しかない今しかないよ!

(しかしどうしてこう、人は何かの購入を迷っている人を見ると「いいから買っちゃう今しかない今しかないよー」と無責任にあおりたくなるのでしょう。)

★エフェソスの半分蜂さん
うわあ。読んでて鳥肌立ちそうでした。もしものすごくヒマでヒマで仕方がなくていらっしゃり、洗濯も掃除も済ませて明日の時間割も全部そろえてその他にすることがまったくなく、じゃあちっと、あのうわごとを垂れている管理人とかにメールを打ってあげてもいいけどね、みたいなお時間がおありのときで結構です、その前後数行をお送りください。気長にお待ちしています。

しかしその一遍がフットライツ公演で演じられたのであれば、ケンブリッジ図書館か大英図書館に行けばまず間違いなく脚本が閲覧できるはずです。しかも現物の!(大英図書館に保管されているケンブリッジ・サーカスの現物脚本には、ジョンの字で書き込みがあったりします。鼻血出ます。)これは面白そうなので、そのうち折りをみて調査してみます。

当時やはりフットライツ会員であったクライブ・アンダーソン(確か)が、ひとりでスケッチを練習しているピーター・クックを目にし、それがあまりにも素晴らしいってんで走っていって他の人をつかまえ「おれは今世界で一番面白い人間を見た」と叫んでまわった、という伝説がありますね。各パイソンズも彼に対する反応をいろいろ語っていますが、影響を受けたにせよ受けなかったにせよ、いずれにしても、ピーターの存在はどうしても無視しては通れなかった巨大なもんだったんだ、ということをその発言の端々から感じます。

Posted by: akko | 20 September 2006 at 10:58

akko様、では、しばらくしましたらメールいたします。でも、このモノローグの内容についての情報量でいうと、グレアムの自伝の方がよっぽど多い、といった感じなので、がっかりしないでくださいませね。

ところで、実は、わたしがピーター・クックにはまり込んでから、まだ2ヶ月くらいです、ほんと、あれこれ言えるようなもんではないのです。(きっかけは、ジョンです。ジョンで検索していたら、Peter Cook&Co.の断片が見つかり、もっと見たくなったのです。)ただ、以後、すごい勢いで一人の人間の作品と人生を、見、聞き、読まずにいられない事態になってしまいまして...70年代以降の彼の様子を知ってしまうと、断酒が成功した時期のパフォーマンスを見ては、ああ元気そうで良かった(もう亡くなってるのに!)と思ったり。恐ろしいです、これは、すでにヲタクへの道...

それにしても、ジョン直筆付き(!)脚本が図書館に!素晴らしい国ですね!
...あっ、でもそれって、もしかして検閲と関係があるのでしょうか。1968年まででしたか、舞台脚本はあらかじめ当局の検閲を受けなきゃならなかったとかいう...いや、やっぱり、伝統の舞台芸術国だから、収集してるんでしょうね。

それと!ティムさんの件、感激です!なるほど。納得しました。ありがとうございます。
そして、わたしが横から妙なことを言ったばかりに、akkoさんのお手を煩わせることになってしまいましたこと、いまさらながら反省しています。

キイさんにも、申し訳ありませんでした。話題が二股、三股になってしまいましたのは、わたしがへんに割り込んだせいです。別の話題は別のところに付けるべきだったのです、まったくもって。ごめんなさい。

Posted by: エフェソスの半分蜂 | 20 September 2006 at 17:12

akkoさん>
 翻訳までしていただいてありがとうございました。
 rightに自負ですか……。内側にある才能と言うよりも、日本とは違って天恵の意識が強いお国柄(?)でしょうから、与えられたものの差、といった感じになるんでしょうか。別のものはあるけれども、あわないものもあるだろう、と。
 余談です。この頃、英国人が発しているrightという言葉を聞くと、どうしてもグレアムの遠い眼差しが脳裏に浮かんでしまうんです。モンティ・パイソンのスケッチで、そんなにたくさんrightと言っているわけでもないんでしょうけど。
 
 買いなさい。けだし名言です。
 実はこの言葉、シャーロッキアーナにも云えることなのです。買わないといけません。お金がなくとも、読めなくとも、ちょっと不出来でも、何があっても。レコードの収集家であるところの大瀧詠一さんも言ってました。確か。
 それに……すでに持っているものも欲しくなってしまいます。例えば古本なのですが、とあるシャーロキアンの先達によれば、ひとまず自分が所持しておき受け継ぐべき相手が現れたら譲る、なんてこともアリらしいのですが、そこまではできてません。
 というわけで、これから韓国製の、シャーロック・ホームズの扮装をしたドールを予約すると同時に、ジョン・ホームズのDVDが買えないものか試してみます。
 グディーズ……見たいです。NHKで放送されるドクター・フー(全然違いますけど)でがまんです。
 
エフィソスの半分蜂さん>
 いえいえ、どうかお気になさらずに。
 作家によってよく使う名前ってありますよね。音が面白いと思っていたり、理想化された美しさを持っていたり、自分の分身であったり。
 二股三股の部分も、とても興味深く拝見してます。ビデオでシークレットポリスマンを見て以来、ピーター・クックが気になっていまして、あれやこれやと新しい情報を集めさせてもらいました。このビデオには、ヨークシャー男も収録されてました。また見たくなってしまったので……これから見ます(笑)。

Posted by: キイ | 21 September 2006 at 19:49

★エフェソスの半分蜂さん
メール拝受、ありがとうございました。すごい発見です。お返事にもお書きしましたが、クックが本当に「ブライアンという名の救世主」というアイディアを当時から口に出していたとしたら、その後に続いたパイソンたちが実際にブライアンという名の救世主(と間違えられる男)というキャラクターを作った、ということにまた違った意味が出てくると思います。こうなったら、クックの「救世主ブライアン」のアイディアの記録を図書館掘り起こして発見し、トレバー・ナン以外にも複数の証人の証言を集め、その関連性を客観的に立証する新説を打ちたて、世界パイソン界に激震を走らせ、ノーベル賞を受賞し政界に進出し首相となって権力をこの一手に握り(←サルまん)

閑話休題。2か月でそこまで到達していらっしゃるということに感動しました。その勢いから想像するに、おそらくあと3年くらいはとても楽しいヲタ日々が続くことになるでしょう。

>元気そうで良かった(もう亡くなってるのに!)
後期のグレアムを見てるとよくそう思います。元気そうでよかったんだろうか。三谷幸喜の「やっぱり猫が好き」で、「あの人っていい人だったよね」「今ごろどうしてるかねえ」「死んでるよ」という会話がありましたがそんな感じで。

>舞台脚本と当局の検閲
このことには宮沢章夫さんが東大の講義で触れていらしたそうで、非常に興味があるのですが、白夜書房の空飛ぶ編集人Eさんの手によりその講義が一冊の本にまとめられた「東京大学80年代地下文化論講義」が、あいにくいまだに手元に届いておりませぬ。売れすぎているのでなかなかこちらまでまわってこないようです。Eさん売れすぎていておめでとうございます。なので今のところ図書館に脚本が保存されていることと検閲との関連はよくわかりませんが、とりあえずジョンの書きこみつきナマ脚本が残されるのはいいことです。でも、これは面白いテーマですね>舞台検閲。どこを調べればわかるんだろう。

★キイさん
どっちが優れていたということではなく、かれらと我々とは違う存在だった、という感じがするのです>right 。もっとも、ジョンがパイソン(にのちになるもの)を始めるべく「ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット」組に電話をかけたとき、ついでにティムにもひとつ電話を入れていてもまったく不思議ではなかった、何故ジョンはそのときティムに電話をしなかったのか、と訊かれるとジョンにもそれはよくわからない、という話はときどき耳にします。当然ティムの方も自分が「ジョンに電話をかけられなかった男」であるということを知っているわけで、これを考えると、この「right」にはかなり微妙な感じがでてくるような気がします。

>ドクター・フー
えええ!マジっすか!ドクターが放映されてるんですか!どのドクターですか!ハァハァハァ、いやわたくし、デイヴィッド・「四白眼」・テナントのドクターがなんか無闇と好きでして、もう毎週手に汗握って見ては5歳のコドモと非常に熱心に「いやあのストーリーが」とかドクター談義を戦わせたりして、こないだシリーズが終わったときにはたいへん悲しんだのです。ドクターとグディーズとは確かに違いますが、ドクターはかっこいいのでいいです。いやそうするとグディーズがかっこよくないという意味にもとれますがえーとそれはそれ、どっちがどうというのでは決してなくてかれらは単に違う存在であるということで。いやドクターの話も始めると実は止まらないのでこのへんで強制終了しますが、ドクターの「スーツにスニーカー」というカッコにもうわしづかまれまくりなんですとにかく。

Posted by: akko | 27 September 2006 at 09:18

akko様、検閲制度と図書館については、えーと、たとえば、日本の戦後、GHQが検閲した大量の本や雑誌を、アメリカのどこかの大学図書館がまるごと持って行ったようなんです。これからきた連想でして、わたしの見当違いの可能性高いです...。

舞台脚本の事前検閲は、シリアスな演劇では、大問題だったらしいですね。台詞に文句をつけられるわ、アドリブは許されないわで。レビューではどこまで問題だったのか、興味があります。ビヨンド・ザ・フリンジも、事前検閲でオネエ言葉を直された上で上演しました。ところが、クックは、マクミラン首相本人が見に来た日、わざとスクリプトを逸脱して、痛烈なあてこすりをしたんだそうで。首相がうつむき、客が凍り付いても、続けたと。クックが処分されたという話はないようです。それどころか、この後は、堂々と得意の即興をやるようになりました。事前検閲の意味がない...? シリアスな演劇界では、この時期こんなに自由じゃなかったようなのに。これで処分したら首相や当局がよけいに笑い者になるということでほっとかれたのかしらと、不思議です...。

パイソンとクックについて、すいません、もうちょっとだけ...。
クックのテレビ番組のスケッチで、パイソンのスケッチに影響を与えたとテリー・ジョーンズとテリー・ギリアムが認めているものが1つあるそうです。未見ですが、善対悪のクリケット試合のスケッチで、両チームの選手は、宗教関係とか歴史上の有名人とのこと。というと、マイケルが十字架を持って笑うあれ?とか、ドイツ版パイソンのあれも似てるかな、サッカーだし哲学者だけど?とか思いますが。細部はどちらも似てないようなので、設定のアイディアだけ流用したというようなことでしょう...。

スケッチのオチを無くすことについても、パイソン以前、スパイク・ミリガンのほかに、クックもやっていたようですね。少なくとも66年と68年のテレビ番組では。でも、オチを無くし、スケッチとスケッチを流れるように続けさえしたらパイソンになるのかというと、違うんだとわかりました! パイソンのスピードやリズムは、クックの番組にはないですよね。音楽バラエティ・ショーだということを割り引いたとしても。パイソンには、このフォーマットで、スケッチだけを30分間、極めて優秀な5人のライターと1人のアニメーターが、惜しげもなくアイディアを投入して演じきった、独特の濃さと多彩さ、疾走感を、感じます! それに、断片でも面白ければ使うという選択眼と編集センスの良さ! やっぱりパイソンはパイソンで、唯一無二の存在だと、あらためて感じ入っている次第でございます。

Posted by: エフェソスの半分蜂 | 30 September 2006 at 06:08

このコメント欄、当ブログ始まって以来の最長記録を順調に更新中です。こういう話は大好きなものでつい。

>当局の検閲
これについてひとつ不思議なことは、BBC上部からの干渉すらあれだけいやがっていたパイソンたちが、なぜそれにはあまり触れていないのかということです。かれらは学生時代には経験していないんでしょうか。特にケンブリッジ組のケンブリッジ・サーカスは立派にロンドンの商業演劇界にいたのですから、もしその当初そのようなシステムがあって、そしてかれらに影響を及ぼしていたのなら、ジョンが根に持ってどこかでしゃべっていてもよさそうだと思うんですが。それとも検閲にひっかかったのは、ビヨンド・ザ・フリンジのような政治サタイアだけなのでしょうか。

>マクミラン首相
こういう話を聞くと、クックやパイソンズを含む50-60年代の怒れる若者たちが、何故それを発散する手段としてコメディを選んだのかということがおぼろげに理解できるような気がします。要するにカッコよかったんじゃないでしょうか、たとえばロックやポップ・ミュージックと同じ要領で。オックスブリッジの人々はロックをやるわけにはいかないので、楽器のかわりにタイプライターをたずさえたのではないかと。

>善対悪のクリケット試合のスケッチ
この御記述を目にしたとき最初に思い浮かんだのが、神の存在をプロレスで決定するあれでした。でも哲学者サッカーもそうかも。たとえ影響を受けても、他人のアイディアをそのまま流用することはパイソン的スタンダードではおそらくありえないことなので(特に相手がクックの場合)、おっしゃるようにその枠組みをずらして持ってきたように思われます。

>スケッチのオチ
1960年代後半のロンドンの表現芸術の先端では、「もう暗い時代は終わったんだし深く考えるのはやめよう、好きなことを好きなようにやればいいんだよ意味なんてなくていいんだよ」という大きな動きが起こっていました。コメディもそういう時代に動かされていたのだと考えてよいと思います。エリックだかテリJだかが「パイソンのアイディアは突然生まれてきたわけじゃないんだよ、ただパイソン以前のものが記録として残っていないのでパイソンが唐突に見えるだけなんだよ」と言っていましたが、クックもまたその流れにいたのですね。

しかし、50-60年代のオックスブリッジ青年たちが、ビヨンド・ザ・フリンジとかノット・オンリー・バット・オルソーとかTW3とかフロスト・レポートとかISIRTAとか、あと細かいことをいろいろあれこれやっていたけれど、でも結局それは全部パイソンという本流に注ぎこまれるための助走だった、みたいな印象を受けると言ったらそれは言いすぎでしょうか。いやクックファンの方々にはすみません。いや、でも、実質オックスブリッジのヘイデイは60年代なかばで一旦終了していて(エリックあたりが最後)、パイソン以降その流れを受けつぐ人たちが一度途絶えていることを考えるとどうもそんな気が。

Posted by: akko | 01 October 2006 at 20:32

★akkoさん
 『やっぱり猫が好き』もお好きなんでしょうか?
 三谷幸喜は劇作『笑いの大学』の舞台を、戦中の検閲機関においていました。
 余談でした。
 
 最長記録を良しと思われているようなので、僕もあと少しだけコメントを。
 
>right
 ひとつの言葉から、とても微妙なニュアンスを、ここまで感じられるものなんですね。翻訳家の方から、こうしてお話しをうかがえるのは、とても貴重な経験です。ありがとうございます。
 昨日、ホーリーグレイルのDVDを見たのですが、特典として収録されているBBCの番組で、アーサー王ことエキストラのグレアムが、またしても僕の心に残る「right」を発していました。尋ねられて「right」、ほんのしばらくしてから、口をいーとさせてくだらないことを云う。もっと年齢を重ねてからも、あんなだったんだろうか、あんなでいてほしいな、と思っていました。
 
>ドクター・フー
 NHKのBSで放送が開始されました。
 多分……なんですが、二番目に新しいドクターなのではと思います。まだ、デイヴィッド・「四白眼」・テナントではなく、クリストファー・エクルストンのドクターです。
 BBCのオフィシャルをのぞいてみると……すぐに閉じましたが、どうやらアレなようですね。脱皮とか転送のミスとか、DNAの再配列とか……ローズの女優さんは同じでしたから。
 まだ4回ほど放送されたばかりです。ディケンズが出てきたり、現代のロンドンに宇宙船が落ちてきたり。続きが楽しみです。
 できれば、古い年代のドクターも見てみたいものです。ダグラス・アダムスが関わっていたんですよね。その他には、空飛ぶ電話ボックスが出てくるSFである、ということくらいしか知りませんでした。
 脚本は、過去のシリーズから通して愉しんでいるファンのために、いくらかのエピソードを踏襲して作られていたりするのでしょうか。
 デイヴィッド・「四白眼」・テナントのドクター、茶色のスーツにスニーカーなんですね。ドクターを見せたいのに、まだなかなか見てくれない知人がいるのですが、10人目のドクターなら食いついてくれそうな気がします。
 
追伸
 フォルティ・タワーズのDVDを、先日、ようやくと入手することができました。
 それからつい先日、『The Office』なるBBCのコメディをレンタルしまして(上記のドクターを見てくれない知人が見つけてきました)、8話まで見ました。
 コメディの摂取には、貪欲です。
 
 
★エフェソスの半分蜂さん
 ピーター・クック、首相の前でそんなことをやってのけたんですね。男前ですねー。あの鼻にかかった声で、視線は足元に落として、場を凍りつかせて……。
 
疾走感>
 パイソンが古くならない古典となったのは、まさにこういった感覚にあるのかもしれませんね。台詞や動き、編集のテンポが速いことも疾走感です。それから、若いコメディアンとアニメーターが、当時の今を惜しむようにして、懸命にやっている感じが伝わってくることもそうなのかなと思います。
 akkoさんも書かれていましたが、ピーター・クックたちは、大いなる助走の役割を果たしたのかもしれませんね。その力がパイソンで尽きてしまい、流れは一度、途絶えてしまった……。もちろんその後には、パイソンを力とする人たちが現れて……。
 でも、パイソンがどういった存在であったのか、適当な言葉を思いつくことができません。助走、基礎、ロケット、踏み台、教科書……どれもしっくりきません。

Posted by: キイ | 02 October 2006 at 07:39

★ キイさん
「やっぱり猫が好き」は衝撃でした。こんな方法があってよかったんだと。恩田三姉妹のキャラクター、セリフとストーリーの奔放さ、アッコちゃんのテーマ曲、タイトルの無関係さ、タイトルバックのアニメーション、なにもかもかっこよかったです。ただ、「あの人いい人だったね」「今ごろどうしてるかね」「死んでるよ」のくだりが三谷脚本の回だったかどうかは、実は定かでないことに今ハタと気がつきました。そうでなかったら陳謝。でも、ギョーザが増えていく話とか、実に好きでした「猫」。三谷幸喜は、日本のリチャード・カーティスではないかという気が少しします。

>ニュアンス
わたしはひそかに「ジョンに電話をかけられなかった男」かつ「グディーズでもクレジットから落ちた男」である、TBTさんという方がいつも気になっています。それって、どうよ。たとえばなんかパイソンズ関係の番組がある、でもパイソンズ本人たちがつかまらない、というときに、たいがいじゃあかわりにってんでひっぱりだされてパイソンに関するコメントを取られる、というのは、「電話かけられなかった男」的にどうなんだ。(いつだったか、フォルティ・タワーズ関連番組のときにまでひっぱりだされていました。それって、いくらなんでもぜんぜん無関係だよと思わず。)

その一方で、全英歴史に残るコメディスケッチというと今でも必ず上位に入る「ヨークシャー男」を書いた(ということになっている)のはTBTさんです。しかし、じゃそのへんの人をつかまえて「あのヨークシャー男がどうこうというスケッチを知っていますか」とたずねたら、おそらく全員が「ああ知ってるよ、あのモンティ・パイソンのやつだろ」と答えるでしょう。違うのに!その状況って、いったいTBTさん的にはどうなんだろう。と、典型的な純英国的いいとこのおっとりしたおぼっちゃん的容貌を今でも色濃く残しているかれの姿を直接・間接に見かけるたびに、わたしはいろいろ考えるのであります。いつもおだやかで礼儀正しい微笑みをたやさないTBTさんの心中には、なにげですごいドラマがありそうです。

>ドクター・フー
一応コドモ向け番組ということになってるんですが、えらいえぐくてコワイですよねドクター。夜7時台BBC1の番組なのに人が平気でざくざく惨殺されて、そういうことには敏感なはずのBBCが、となんか目を疑ってしまいます。昔からそういう傾向があるようで、知り合いの英人は「小さいころは怖くて見るたびに泣いていた」んだそうです(でも毎回見ちゃってたんだそうです。)

クリストファー・Eはひとつ前のドクターですね。復活ドクターとしてかなり人気はあったんですが、なんかあまりハッピーではなかったらしく、1シリーズで下りてしまいました。でもそのかわりにすてきなデイヴィッド・Tのドクターが出現することになったのでいいです。

ちなみにダグラス・アダムズがかかわっている1979年のドクター・フーの長編エピソード「シティ・オブ・デス」に、ジョンがちらっと出演しています。DVDになっているので、ご興味おありのかたは密林方面へ走れ。

>The Office
おお、今から新たにジ・オフィスをごらんになるのですか、なんという幸せなお方でありましょうか。リッキー・ジャヴェイスはすごい人です。過渡期にあった21世紀の英シットコムの方向をある程度決定づけちゃいました。リッキーはたいへんなジョンファンであることも有名で、請われてもジ・オフィスを6話 x 2シリーズの計12話しか作らなかった(クリスマス特番を除く)のは、「フォルティ・タワーズですら12話で打ち止めされて終わらせられているんだから、おれなんかがそれ以上書けるわけがないのだ」だとときどき言ったりしています。(ちなみに、80年代初頭の「コメディのパンク」である大暴れシットコム Young Ones が12話で終わっているのも、同様の理由によるそうです。)

>パイソンの懸命
数十年経っても現役で通用するそのすごい疾走感を開発して英文化の一環として残してくれたその一方、かれらが疾走している最中、その先にはしかし誰もお手本がいなかったわけで、道なき道をなぎはらいながら進むうち、アル中だったり、神経病んだり、激ヤセしたり、髪の毛抜けたり、離婚とかしたりして、なんかこう、そこまでするのかというような、やっぱりすごいドラマがあります。コメディを見るのにそういうドラマを知っている必要があるかというとそうでは決してないような気がしますが、もはやヲタは「それを知らずに無邪気に笑っている状態」には戻れないのであります。

Posted by: akko | 04 October 2006 at 12:53

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