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16 June 2006

16JUN : His at last 2006 farewell performance


これは何かと申しますと、手伝ってくれた男子2名に「あんたんち本とビデオとDVD多すぎ」と苦情を申し立てられつつ今月初めに引越した住まいの隅の納屋につけられている錠前です。いい感じで侘び寂びつつ錆びています。

寂びた錆びかげんを味わいつつ、錠前の存在にご注目ください。
この国では(特に倉庫や公園の門などが)このクラシックな「錠前」で施錠されている、という光景をかなりの頻度で見かけます。そこにはしばしば鉄鎖がともない、錠前の上下前後にからみついていたりします。

このような立入禁止的堅固な施錠感を相対するものの視覚にアピールするときに、彼らはたとえばハイテクな電子錠などではなく、アナログな錠前と鎖を選択したがる傾向があるようです。わが勤務先のケミカル危険物を所蔵する倉庫などにも、やはり古典的なドクロマークつきの扉に、直径3センチの鉄鎖が巻きつきそこに巨大な錠前がかけられています。

英国に流れてきた初期のころ、その手のものを見かけるたびに、わたしは軽い違和感を覚えました。なぜドラえもんを生み出した21世紀になろうというのに、英人たちはそのようなアナログ手法にいまだに固執しているのだろう。そんな古い方法ではあぶないじゃないか。技術は日々進歩している、それには批判もあるけれど、だからこそ人間はそれを利用し、かつ信頼もして、技術に使われるのではなく使う立場として共存すべきではないのか。

しかし今ならわたしにはわかるのです。


かれらはアナログに固執せざるを得ないのだ。


なぜならば、


英国のキカイ関係技術は壊滅状態で


全然!ずぇーんぜん!あてにならぬ!!


からであり、


それは言い換えれば


技術国ニホンから来た人間がここで生きていると


3日に3回くらい


ここは本当に一応先進国なのかあああ!!!!!


とさけびたくなるという状況であるということです。


つまり、

(1) 引越しする1か月前にブリティッシュテレコムの人に電話し、この日に移動するのでなるべくこの日中には新しいとこで電話を使える状態にしておいてください、と頼んだところ「わかったわその日の朝10時には新しいとこの電話線を開けておくわ心配しないでいいわよん(はぁと)」と言われ
(2) その後BTからその内容を保証する書面が届き
(3) 念のため3日前にもいちど電話したら「大丈夫記録に入っているノープロブレムだ3日後に新しいとこで電話ライフをエンジョイしてくれ(男だけどはぁと)」と言われ
(4) いざ当日動いてつないでみると、電話線はみごとにこれ以上もないほど美しく完璧に死んでいる。
(5) BTの窓口はフリーダイヤルなんだが携帯からかけると電話代がかかるので、村の雑貨屋の公衆電話まで20分歩いていき、ゴルァウルァなんだったんだあのはぁと口調はあああ!と苦情を申し立てたところ
(6) 「ごめーん実は、そこの前の住人がまだその人名義の電話止めてなくってねえ、その人が解約してくれないとあんたのがつなげられないんだよ」
(7) 「そんならなんでもっと早く言ってくれないんですか。なんで今になってしかもこっちからかけた電話で言うんですか。そういう事態を避けるために1か月前から連絡していたんじゃないですか」
(8) 「いやあ悪いわるい。ところであんた、前の住人が引っ越して行った先の電話番号知らない?うちに届出がないんで追跡できないんだよね」
(9) 「んなもんわたしが知るわけないじゃないですか。というかそういうことをやるのが電話会社じゃないんですか。何自分たちの仕事を客にやらせようとしているんですか。いいからうちの電話をなんとかしてください。うちの電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話!」
(10) 「ああわかったわかった、でも今日金曜日で今午後3時なんだよね、しかも来週月曜はバンクホリデイだからアクション起こすの火曜日になるんだよね。ま、そゆことで」
(11) 「今午後3時だからという理由で残りの2時間をすでに終わったものと見なすのではない。連休前に面倒に巻き込まれたくないのは同じ人間として理解できるが、それはそれとして勤務時間なんだから働け!なんとかしろ!うちの電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話電話!」
(12) 「いやたいへんだねえお客さん、でもいくら変な英語でまくしたてられたところで来週の火曜日ったら来週の火曜日だから。そこんとこよろしく。ではほかにご質問は?」
(13) 「そうやって会話を終わらせようとするのではない!」
(14) 「それでは来週連絡するんで待っててね。じゃあよい週末を。さようなら」
(15) 来週火曜日以降も当然のごとく似たような調子でいろいろあるも今は省略。とりあえず、長い長い時間をかけた後、最終的に電話線はなんとかつながった。が
(16) ふつうの電話には問題ないのだがインターネットへの接続が何故かできない。で、BTの電話技術部に何度か電話し、出るたびに違う担当者に(1)から状況説明をくり返し、その結果電話線には何も問題がないということがわかり
(17) 今度はBTのサーバー技術部に電話し、言われるままにさまざまなテストをくり返し、とはいえうちはダイヤルアップなのでテストのたびに電話を切らねばならず、そしてその結果を報告しようとふたたびかけるとさっきと違う人が出てきて、その人はそれ以前の状況を当然のようにまったく把握しておらず、時間とともにどんどん長くなっていく(1)からの状況を説明し(もっともこの頃にはかなり手際よく話せるようになってはいる)、そこでさらに違うテストを命じられ
(18) しかし何も改善されず数日をついやしたあげく、ようやくそれはBTの線でもサーバでもなくこのパソのモデムがわるいのであり、再インストールが必要であるということが判明し
(19) だからパソの製造元(と販売元)にその旨連絡したところともに「それは販売元(または製造元)の責任なんで販売元(または製造元)に電話してくれ」と互いに責任を投げ合うはざまで翻弄され
(20) さらに時間はながれ
(21) 翻弄はつづき
(22) そのような閉塞された不条理な状況下で生きるうち
(23) 次第に
(24) これほど要求が却下され続けるということは、ひょっとしたらわたしは何か理不尽な、本来言ってはいけないことを言ったりしているのだろうか
(25) 何か自分はひどく間違ったことを言っているのだろうか
(26) 非や落ち度があるのは決して彼らではなく自分の方なんではないのか
(27) わたしは銀の十字架の原罪をくわえて産まれてきた生まれながらにまっくろな罪人に違いない、だからこそ今苦痛に満ちたその罰を受けているのだ
(28) 恥の多い人生を送ってきました
(29) その因果が今報い
(30) 借金はトイチで取り立てられ閻魔様は罪状を読み上げイライザは「ごめんなさいあたしなんて悪い子だったのかしら」と改心しわらってわらってわらってキャンディ泣きべそなんかああっウィリアム大おじ様
(31) と気がくるっている場合ではない。残り少ない正気をかきあつめ、永遠に続くかのごとき紀元2600年の泥沼責任キャッチボールの末、販売元の人々に保証期間内であることを37回申し立てた末
(32) 「ああわかった、簡単だよ、そこに座ってて10分で済むから」と言われ座り
(33) 3時間待たされ
(34) 「この国は本当に戦争に勝ったのか」というかのフォルティ・タワーズ名台詞をうわごとのようにぶつぶつぶつぶつ
(35) まだいろいろあったのですが、

やはり個人的日常事項を並べるのはこのブログの本題ではないので(さんざん書いた末に)避けるとして、今こうしてぱその前に座り、これまでどおりにぱたぱた変哲もない文をつむいでいられるということ、ああ、「艱難汝を玉にす」の玉になろうとして、うっかりドラえもんの「くろうみそ」をなめたのび太くんの気持ちが今わかりました。
この国の人々が基本的にテクノロジを信用せず、たとえばクラシックな錠前に現れるように、できるだけキカイ関係がかかわらないローテクをこそ信頼したがる理由の一端が、少しでもお感じ下されば幸いです。わたしは今、心から「人類よ、自然と糸電話に返れ」とさけびたい気分です。




さて、
おとといジョンがショウビズ界からの引退を公式に発表しました。
ちょっとしたニュースになりました。
BBCがコンパクトにまとめてくれています→★★★
今後は執筆のみに専念するということです。
わたしはいろいろなことを考えました。
もっともジョンが「もうやめてやる」と大っぴらに言ったのは決してこれが初めてではないわけで、というか、かれは20代なかばのTVデビュー作「ザ・フロスト・レポート」時にすでに「自分の道はこれでいいんだろうかもうこれで終わりにしようか」という迷いをふと口にし、それを耳にした叩き上げのベテラン共演者ロニー・バーカーに「何言ってんだこの大学出の青二歳がおれたちがここまで来るためにどんだけ苦労したと思ってんだ」と叱り飛ばされた、という素敵な履歴を持つわけですが、
このたび齢66歳のジョンをそんな気にさせたのは何でしょう。
わたしはいろいろなことを考えています。
でもいろいろありすぎてまだうまくまとまりません。というか、どう感じていいのかがまだよくわからないといった方が近い。








とりあえず本日は前回のつづきを。


前回ちと触れたようにヤボ用でウェールズに行き、そして予定をねじこんでコーウィン・ベイに行ってきました。
(★つきの画像はクリックで拡大します)


ウェールズなので地名が英語とウェルシュの二か国語表示です。
上のコーウィン・ベイはなんとかなりますが、下のウェルシュのみの方が読めない。




女王様のロイヤルメールの赤ポストだって二か国語です。やっぱり片方読めない。


そしてコーウィン・ベイとは、こじんまりと静かで、そして見るからに住民同士の絆が強そうなウェールズの平和な街でした。そしてそのきわまで静かに海がせまっていて。



誰もいないコーウィン・ベイの海。見渡すかぎりこんな感じです。



この2006年においてさえ、通りすがりポンニチの目にすら、一見平和でヒナでありつつ、しかしその一方でみずからの言語をかたくなに守るこの街とは、数十年前はいかほどよりヒナでかたくなであったことか。この地域性の強いヒナ村で生まれた少年が文学に走り、のちに家族ごとイングランドに移住し、さらにオックスフォードに行くためには、たとえばブリストルのパブリックスクールの理数系学生がケンブリッジに行く、のよりも数段高く困難な社会的ハードルを越えなければならなかったはずだ。


とわたしはふと思ったので、


コーウィン・ベイに行ったついでにブリストルに立ち寄りクリフトン・カレッジを見に行きました。


いや、


「コーウィン・ベイに行ったのでブリストルにも立ち寄りクリフトン・カレッジに行く」

というのは、たとえば

「新潟のついでに鎌倉にも行った」

くらいのかなり無理やりな「ついで」感のともなう立ち寄りなのですが、



わたし的には完璧につじつまは合っているので別にいいです。




しかし行ってびっくり。


クリフトン・カレッジは予想をはるかに超えて上流感まんまんのどポッシュパブリック・スクールでした。



ここでジョン少年が



あまりのすてきさにやられて口あけてほー、と眺めていると、ちょうどお昼どきになり正門から数歳から十数歳までの幅の子供たちがわらわらあふれ出し思い思いに庭や道を歩きはじめました。

それが全員見るからに超育ちのいい、平民が普通に生きていると滅多にお目にかかれないようなミニ紳士と淑女たちばかり。


わたしは、あふれかえるおっとり坊ちゃん嬢ちゃんすなわち未来の支配階級たちの波をかきわけ抵抗しつつ思わずつぶやきました。



「ここで育つ階級のイギリス人は、普通、コメディアンにはなろうとはしないはずだ」




やはりどうしてもいろいろなことを考えざるを得ないのです。

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Comments

お久しぶりです。大分以前にお邪魔したリタです。
お引越し、お疲れ様でした。
随分紆余曲折あって、やっとネットに復帰出来たのですね。
お帰りなさい、そして本当にお疲れ様でした!
イギリスという国は随分牧歌的というか、鷹揚というか、恐ろしげな国だと思いました。大英帝国とか産業革命とか、フィッシュ&チップスだとかいまだに世界史のイメージを持っている(イメージが貧困すぎる)私には、ちょっとガクッとくるような現実でした。ガクっときたといえば、ジョンが表舞台から去るというニュースはやっぱりショックでした。植毛といい、引退といい、なんだかんだと翻弄されています。

2月に初めてパイソンに出会って、最近ようやくビデオで『ワンダとダイヤと優しい奴ら』と『危険な動物園』を、予約していたDVDで『アト・ラスト・ザ・1948・ショウ』を見たのですが、そのタイミングで、引退のニュースなんかを聞かされると、ジョン・クリーズという人の半生を駆け足で一気に見てしまったような、妙な感慨があります。
(ああ、でもまだまだなんでしょうね。まだ『フォルティ・タワーズ』も見ていませんし『ライフ・オブ・ブライアン』も見ていませんから)
『アト・ラスト~』の、あの野心に満ちたキラキラした瞳の青年が(えらい男前でしたね。私はグレアムファンなのですが、ちょっとぐらぐらしました)もう60代後半で、引退だなんて……。
『引退とか飽きた』なんて、またひょいと登場して欲しいです。右腕に時計をして(マイケルが誘えば出てくるのでは……)

余談になりますが『ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット』のテリーJのインタビューを見ながらふと思ったのですが、『ドゥ・ノット~』のマイケルに惹かれたジョンが、テリーJと連絡を取ったことがパイソン結成のきっかけになったのでしょうか? だとしたら、すべてはマイケルありきだったということになるのでしょうか?
マイケルってばいろんな意味で魔性ですね。
長くなりました。では。失礼します。

追伸
クリフトン・カレッジにはまいりました。
ジョンはこんな素晴らしい環境で多感な時期を過ごしたのですねー。

Posted by: リタ | 21 June 2006 at 04:57

ウィリアム王子とか、日の名残りとか、ホームズ君とかシェイクスピアとかそういうイメージを英国にお抱きならばそれはもう老獪なこの国の術中にはめられているのであります。実のところ、ここはどちらかというと、上記の会話のごとき日々是パイソネスク不条理な国です。もっとも最近は各地であばれてくれているフーリガンのみなさんのはたらきで、だいぶその術がとけつつあるような気がしますが。

1948ショウを初めて見たとき、ジョンの激若ぶりに泣きそうになったものです。えらい初々しくてカコイイですね。これほど目立つ人間が、職業としてはわりと地味な事務弁護士になろうとしていたのがどうも信じられません。この1948に比べると、パイソンのころにはすでに経験値を積んでいるというか、「偉いのはおれだ」みたいなふてぶてしさがにじみ出てきているような気がします。もっともジョン専にとってはそういうところもまた愛でポイントなのであり、なおかつ、経験値と髪の量が反比例しているところも押さえておくべきでしょう。

>魔性のマイケル
すみません、この一言に異様にウケてしまいました。わははははマイケルってば。一見かわいい顔して性格もよさそうなところにもってきて、実はわれわれのあずかり知らないところで仕掛けていることは実は超凶悪、まわりの人間の気を狂わせていたりしたら楽しいですね。いや具体的に何をどうしたとか想像するのはやめておきますが、とりあえず、やっぱりテリJを妬かせているのは間違いなさそうです。このDVDの話題はまた日を改めて。

クリフトン・カレッジには驚愕しました。ああいうところに囲いこんでお勉強させれば、(通常は)さぞかしお上品なレディーズ・アンド・ジェントルメンのいっちょあがりとなるのでしょう。もっともマイケル(魔性)がいたシュルーズベリは、格としてはクリフトンよりさらにお上品であり、イートンやハーロウと肩をならべる純パブリック・スクールであるはずです。でも魔性とかパブリック・スクールとか書くとつい、連想が違う方向に行ってしまいそうなのでやはりこのへんでやめておきます。このへん、わたしもやはりまだこの老獪国の術にからめとられているようです。

Posted by: akko | 25 June 2006 at 09:00

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