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28 April 2006

28APR : パイソンアルバム

突然引越しをすることになりました。ヲタの引越しはカタギの人々よりもかさばるモノが多くてストレス倍増である、という事実をかみしめながら、凄惨な状態になった居住環境でこれを書いています。だからわたしはもし生まれ変われるのならば、この次は樽の中に住む古代ギリシャの哲学者になろうと固く決意しているのですが、それはさておき。今、「研究入門」のうしろに書いたことを補強すべく、今(ようやく)スパマロット文を、段ボールの山をかきわけながらまとめています。で、スパマ文の文脈上にはおさまらなさそうな、しかしニューヨーク関係の写真を、引越しにつきもののアルバムの整理ということであげちゃいます。


1976年のツアー会場、ニューヨークシティセンターその1。
Nycenter1_2


ニューヨークシティセンターその2。確かキャロルだかエリックだかがこの入口に立っている写真を見たことがあるなあ、と思い出しつつ。


これはなんでしょう。

答え。
「正伝」の中盤、「研究入門」では最初に述べられている、パイソン対ABCの裁判の会場(会場つーか)の裁判所です。この後わたしは、たいへんキビシイ態度の警備の人に「こるぁこんなとこで写真を撮ってはいかん」とすごく怒られました。


これはなんでしょう。

答え。
1964年のケンブリッジ・サーカスが、ブロードウェイのプリマス・シアターからダウンタウン落ちした会場「スクエア・イースト」、があったはずなんですがその跡形もない場所。ニューヨーク市立図書館でコピーを入手した新聞広告(右掲)に記載されている、15 West 4th Street という所在地からいうとここの角なんだけどなあ、と思いながら撮りました。今はこのあたり一帯ニューヨーク大学の学部が並んでいますが、エリアの感じそのものは当時とおそらく変わっていないだろう、という気がします。ブロードウェイのど真ん中のプリマス・シアターに比べると、落ち着いて人々の生活の香りがする場所です。ジョンが「正伝」で確かそんなことを言っていました。

マンハッタンをこんなものが走り回っていました。

これは長距離バスですが、のちに同じくスパマロット仕様の普通のバス発見、用もないのに乗ってしまいました。中は普通でした。


これからスパマロットを見るぞー、と思いつつ撮った夜のタイムズスクエア。


それから、これはぜんぜん別の機会に撮った、しかもロンドンの写真ですが、勢いでついでに。

テムズ川のほとりに建つシェイクスピアゆかりのグローブ座の一角に、スポンサーの名前が刻まれている敷石が一面を埋めているテラスがあるのですが、そこにそうそうたる名前に囲まれて。ISIRTA時代から「シェイクスピアは、もし自分が監督だったら、突っ返して書き直しを命じるであろうコメディの脚本を書く」なんて言っておきながら、さりげなく貢献していらっしゃるようです。


ジョンの隣の敷石。

グローブ座の案内のおばさまいわく、「ジョン・クリーズから後で電話がかかってきて、『マイケル・ペイリンの名前のスペリングをわざと間違えろ』と依頼されたんです」。相変わらず、思わず「子供かいあんたら」と突っこみたくなるジョン&マイケルですが、それに従うグローブ座の人たちもどうかしていると思います。

とりあえず今日はこのへんで荷物整理方面に去ります。ああ、古代ギリシャはよかったなあ(遠い目)。いや生まれてなんかいないですけど。いくらなんでも。ええ。

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24 April 2006

24APR : 「研究」「Q嘘」リマインダーズ

あくまでもさりげなーく。
「モンティ・パイソン研究入門」は今日発売でーす。→ ★★★
さあ今すぐに本屋さんに走って行って、明るく元気よく「モンティ・パイソン研究入門のイボイボのついてるやつをください」と言い放ちましょう。
なお、イボイボつきリミテッド・バージョンには電池は含まれておりませんのでご注意ください。

さらに、
管理人が別名で英国関連話題などを月1か2くらいねちねち連載している、嘘の生産活動とその社会的な価値にするどく切りこむ嘘業界のザ・ファイナンシャル・タイムズこと「Quick嘘屋」は、毎週火曜日11時発行です。
今登録されれば、明日の火曜日朝11時のぶん、すなわち管理人の月いち英国ねたネチ連載が掲載されている号から配信になります(そのはずです。)
なのでさりげなく登録はこちらだよリンクをひとつ → ★★★

このブログに関してはわたしが私物化しても別に私物化しているという批判はあびずにいられるかなと思い、逃げるように以上をお知らせします。どうかなにとぞ。

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22 April 2006

22APR : 一足お先に研究入門を読む

今朝がた華麗な朝寝をしたためていたところ、ごんごんドアを叩く音で強制起床。ふあいとか言いながら出てみるとラットランド村の郵便屋さんが「これでかくてあんたの郵便受けに入らないんだよ」と小包をひとつさしだす。見ると、空飛ぶ白夜編集人eno7753さまの御名。わ、とばりばり封を引き切ると、出てまいりました、「モンティ・パイソン研究入門」の現物が


思わず、スパマロットのシューバート・シアターで購入した鋭い歯のウサギさんと記念撮影。


そして感動した翻訳人が何をしたかというと、

とりあえず重さをはかった。

おそらく今回は頭痛肩こり鉄アレイ的筋肉痛は避けられると思われます。


ついでに鋭い歯のウサギさんもはかってみた。


軽いなあウサギさん。ふけばとぶよだな。これが確か25ドルくらいしたような。1グラム0.39ドル、本日のレートで1グラム45円47銭。いや換算してどうする。

それから帯。
「モンティ・パイソンを初めて観たときに、『一生バカやって生きていっても良いんだ』ということを知った。
それから長い年月をかけて、思い知ったのは『一生バカやって生きていくことが、いかに難しいか』ということだった」

By 爆笑問題の太田さんです。
パイソンをカラダで愛している人の言葉です。
やはり太田さんはパイソン愛の人だったのです。

それから編集人enoさま。
最後のページにミス・アン・エルクの写真を入れてくださるという、原書にはもちろんない粋なはからいデザインをありがとうございました。
すごい効果でした。
見た瞬間、自分のなかであのニューヨークでの衝撃がよみがえり、思わずびりりとうちふるえました。
お読みでない方々にはなんのことやらさっぱり不明で申し訳ございませんが、詳しくはどうぞ現物をご参照ください。とそしらぬ顔してプッシュしてみる。

「正伝」はハリポをめざす本でしたが、本書は、とりあえず、めざせダビンチコード。いや、この本の内容を、すなわち「聖杯伝説とキリストの生涯とに関し、深い解釈を加えて表現していたある一団の人々がいた、その人々が残したものの意味を、現代の視点でわけいって読み解く本である」と説明してみればダビンチコードに遜色ございません。トム・ハンクス主演で映画化世界同時公開が待たれるところです。

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17 April 2006

17APR : ギリアム監督、東へ

ちと小耳に挟んだのですが、感動巨編「タイドランド」のプロモーションの一環として、今テリG監督が訪日しているそうですね。いや、誰も倒れたり流れたりせず無事に映画ができたというだけでギリアム監督の場合はすでに感動決定であり、それはドラえもんの6巻よりも泣けることでしょう。

で、
爆笑問題の太田が、
前回「グリム」関連で出演したテリGさんに

「こいつは本当にこの映画を撮ったのか」

とツッコみ、今回は

「スピルバーグほど有名じゃないので出してみました」

と言い放っていたという話を聞いたとき、
わたしは

「ああこの人は本当にギリアム監督を愛しているのだ」

と思いました。
感動巨編の裏に静かに深く流れる、太田とギリアムの愛。いや、愛というか。(いや待てよ…)

最近の監督は、前からだと一見大工さん的短髪、しかし裏返すと後ろ耳から下あたりが長髪、そこを結わいてたらしている、という妙な頭をしていますが。確か「正伝」で「自分はオフィスに必ずひとりくらいいる『変なやつ』だった」みたいなことを言っていたと思います。今でも確かにいます、こういうロケンロールな時代を色濃くひきずる不良長髪オヤジ。わが勤め先にも1フロアに約ひとり程度いて、ムードメイカーとしてまわりを盛り上げてくれています。でもあまり出世とかそういうことはしないようです。

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14 April 2006

14APR : 「研究入門」と男もすなるパイソンといふもの

4月も半ば、夏時間も始まり、英国中部のラットランドもようやく春めいてきました。この「春めいた」とは、あくまでも「寒いと感じなくなった」程度のものではありますが、それでも寒くないだけでわたしは幸せだ。そして英国の田舎の春はいつもいやになるくらい美しい。もう絵に描いたように、これみよがしなまでに美しいので、わたしは丘に立ちつくし「うーんやられたうまくやってやがるな英国のカントリーサイド」と毎年つぶやかずにはおられないのです。

うちの近所です。


新緑はもう少し先のラットランド。人家は奥の林のむこうにあります。


さて、
下↓の4月9日日記に、みうらあゆみさんがつけてくださったコメントに触発されここで少し続きを。

これは個人的な経験にすぎませんが、英国の場合、女性のパイソニアンをわたしは今のところひとりも見たことがありません。もちろん例えばマイケルファンは女性だらけで、サイン会ではマイケルは老若女性にモテモテなのですが、彼女たちがそこからパイソンに来るかというとそうでもないようです。わたしはいまだに、マイケルのサイン会に並んでいるとき、ある女性に「ホーリー・グレイルって何?」と訊かれたときの衝撃が忘れられません。

これもやはり個人的な経験なんですが、あるときコメディの話をしていたら、ある英人女性が「フライング・サーカスは面白いかもしれないけど見ない、何故ならあれは男の番組だから」ときっぱり言いました(ちなみにその人は、フォルティ・タワーズは大好きなんだそうです)。頑丈な英人女はたいがいの下ねたにはびくともしないことを考えると、それは下ねたが多いとかそういうことではなく、フライング・サーカスには彼女たちに二の足をふませる、結界のように強力なナニカがあるのだと見た方がよいようです。

その結界とはなんだろう、と考えると。
フライング・サーカスには「普通の女」が出てこないとこにあるんじゃないか。
出てくるのは、ペッパーポットか、さもなくばキャロルのような過剰に色っぽい薄着のお姉さん、あるいはヘルズ・グラニーズです。まったくもう (^^;) どれも男性の目から見た女性のステレオタイプまたはカリカチュアです。

現代の英人女性には、これはおそらくシャレにはなりません。やばいったらありゃしない。いくらBBC様がファンキーなテレビ局であるとはいえ、はたして今再放映できるのかどうか。これが堂々とまかり通っていたというのが、男女性差に関して非常に敏感な今の英国的基準を考えるとほとんど信じられないです。当時のBBCは男だらけの社会だったんだなあと感じます。

余談ですが、パイソンはまだましな方であって、アト・ラスト・ザ・1948・ショウでのエイミ・マクドナルドの扱いなんか、はっきり言って「色気しかない頭の弱い添え物おねえちゃん」です。60年代だったのだ、なにもかも。かえって、パイソン的社会階級ねたの方なら今でもおそらく問題なく放映可だろうなという気がします。うまく説明できないんですが、社会階級は昔も今もこれから先も当分この国に普遍的に存在するものであり、だから笑ってよいものとして了解されているというか。

閑話休題。
では現代にパイソンを持ってくるとき、そのままでは出せないからというので
「研究入門」の著者さんは、キャロルを7人目のパイソンとしている。
それから、以前おフランス版のパイソンズが結成されたと話題になったことがありますが、そこにも女性がひとり混ざっている。→★★★
このくらい踏みこまないと、特にフェミニズム的見地から見て、現代においてパイソンは正当化できなくなっているのかもしれません。

で。
わたしは個人的には、一応そういう見地が普及している国に暮らしているので、今の基準ではパイソンの女性描写はたいへんやばいぞと理解はしています。けれどもかといって「まったくけしからん猛省を促す」と朝日新聞に投書しようとかそういう気分にもぜんぜんなりません。いや朝日新聞ないですけどこの国には。

おそらくそれは、わたしが結局英人女ではないからでしょう。いや身もふたもない言い方ですが、結局完全に対等な立場には絶対になれないわけですし。そのこともあり、どうやら「パイソンは別腹」と認識、それを見るときに「このステレオタイプまたはカリカチュアは自分を揶揄するものではないのだ」と、無意識にフェミ的な思考を切り離しているふしがわたしにはあります。

というよりそんな小難しいことではなく、ただ単にジョンの女装が好きだからかもしれず。ここで突然わたしは「ジョン女装を擁護するために戦う会」を結成するので、ラットランドの村宛てに寄付をどしどしお送りください。プレミス夫人(グレアムとペアで出てくるペッパーポットの片方)なんかカッコイイじゃないですか、だってなにげでフランス語しゃべれるんですよ。確かグロリアという名のディンズデールの彼女も妖艶ですてきですなあ。なにより足がキレイだ。なんだか真にフェミである皆様におこられそうな結論になっちゃいましたが。

それにしても。
上記を書いている間中、
「ハウ・トゥ・イリテイト・ピープル」でジョンが語っていた

「ある日私が
『女性とは、一般論をすべて自分個人のことだと解釈しがちな生き物だ』
と言ったら、
それを聞いた女性が
『わたしは違うわ!』
と言いました。」

というくだりがジョン声でしつこく頭によみがえるので困りました。しょーがないなあ、女って。

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09 April 2006

09APR : 「モンティ・パイソン研究入門」発売のお知らせ

ここでひとつお知らせです。
白夜書房様から「モンティ・パイソン研究入門」という書籍が4月24日に発売されます。
こちらがアマゾンさん当該頁です。 → ★★★

これは、2005年3月に米国で発売された、米ペンシルバニア州ピッツバーグ大学フィルム・スタディーズ学科のマーシア・ランディ特別教授の著書「TV Milestones: Monty Python’s Flying Circus」の日本語翻訳本です。モンティ・パイソンを、カウンターカルチャーが台頭・支配した1960年代から1970年代のロンドンと、そのカルチャーに深く関わっていたBBCというメディアとが産み出したひとつの作品としてとらえ、文芸や美術評論の対象になり得るものとして、パイソンとはコメディというフィルターを通して何を表現していたのか、彼らはその当時の社会に対して何をしていたのかということを、アメリカ人の専門家の見地から分析し、しかし深入りしすぎることはなく簡潔に述べている本です。すなわち、パイソンをある程度知っていて、しかし彼らはただの滑稽な集団ではないと気づいていて、その先を見ようとしている方々のための「モンティ・パイソン研究」への「入門」の書です。巻末には、須田泰成さんの素晴らしい解説「モンティ・パイソンの実用性」と、パイソンと日本のコメディ状況について現場の臨場感あふれるWAHAHA本舗の喰始さんのインタビューがあります。

表紙です。



開いた表紙です。




で、
翻訳を行ないましたのは、不肖わたくしです。
控えめに申し上げて、
これは物凄く面白い経験でした。
前翻訳書「モンティ・パイソン正伝」のときには、本人と関係者によるパイソン生裏話の奔流に巻きこまれて、しばらくの間頭の中に小さなパイソンたちが住みつき暴れているような感覚にやられておりました。しかし今回はそのまったく対極、芸術鑑賞眼を備えた専門家により客観的かつ冷静に観察・分析され、カウンターカルチャーという激しい時代の申し子であったパイソンが、ひとつの文化としてすくと立ち上がっていくのを目撃しているかのような気分がしていました。パイソンとはこういうふうにとらえることができるのかと、わたしは目からウロコが100枚落ちました。

こういう本がこの時代になって、アメリカ人の、しかも専門家の、しかも女性の手によって書かれたことはとても興味深いと思います。まったく新しい視点がパイソン史に今持ちこまれた感さえあります。例えば、この本はキャロル・クリーブランドをはっきりと「7人目のパイソン」ととらえています。ずっとなんとなくそうだと思われてはいた感覚はあるものの、それがきちんと議論として活字にされたのは、おそらく初めてではないかと思います。そのへんに入りこんでいくと、この本の存在を対象とした評論がもう1冊書けてしまいそうです。

しかしクールな分析といえどなにしろ対象はパイソンであるゆえ、ときどきその文体と論じている内容との妙なミスマッチが面白い。たとえばエリックについて述べている箇所で。

「[エリック・アイドルには]例えば、シシリー・コートネイジュの芝居を見に劇場に来ているネイティブ・アメリカンの役があった。目当ての女優が出てこないことを知ったとき、彼は観客を弓で射殺すのである。」

このような機会をふたたび下さり、なおかつ、例えば、上記「弓で射殺す」の一文の面白さを指摘下さるなどの有用な助言をたまわりました白夜書房のeno編集者さま、どうもありがとうございます。御名と御社名とは、日本パイソン界において、永遠にパイソン的祝福を受けつづけることでしょう。(「パイソン的」と「祝福」という単語が両立するのかどうかはこの際別にして。)

なお本書巻末には、真綿で首をやさしく絞めるがごとき「あんたいいかげんに早く書きなさい」というご催促をここ1年間ほど頂き続けておりました「スパマロット」に関する拙文が、翻訳人解説の一環として収録されております。あわせてなにとぞよろしくお願いもうしあげます。

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05 April 2006

05APR : 空飛ぶ温故知新ふたたび

最近わたしの目の前に、たまたま「ライフ・オブ・ブライアン」を見て以来モンティ・パイソンなるものが何なのか非常に気になっているのだが、どこから手をつけてよいのかよくわからない、という人間が出現しました。無邪気に「あんたってなんか聞いた話ではパイソン好きなんだって?エリックがかわいいと思うんだけど、ところで何から見ればいいだろう?」などと尋ねてくるわけですわたくしに。

ふ、ふ、ふふふふ。
と、
わたくしは赤ずきんちゃんを目の前にしたオオカミおばあさん、もとい、紫の上を見出した光源氏、もとい、悩める子羊をかぎりない無償の愛で導くジーザス・クライストのようなこころもちで、ニヤリと笑いました。

わたしは、わたしのこのようなニヤリ顔とはすなわち大変危険な前兆であることを知っているので、もしわたしがその初心者であったならば後をも見ずに全力で走って逃げたところですが、あいにく初心者は初心者であるゆえ逃げもせずそこにとどまり、ごく普通にわたしの答えを待っていたりするわけです。
ふふふふふ。

とりあえずフライング・サーカスを、わたくしのヲタ目かつひいき目が強力に入った解説つきで少しずつ見せております。初心者は、ブライアンの話展開の一貫性に比べ、フライング・サーカスのあまりの意味のなさに最初は驚愕、「うわあなんじゃこりゃなんなんだこりゃあ」と松田優作的に反応しておりました。

で、いろいろ見せたあと「どうよ」と問うと。
初心者いわく、
「マイケルがすごいと思います」。
どうすごいのか述べよ、とさらに重ねると、
「マイケル、『羊飛行機』とか『ブラックメイル』とか『スペイン異端尋問』では、目がイっちゃってます完全に。あの人はコワイです」。

初心者が説明するには、ジョンがある程度キレて目がイっているのはなんか納得が行くよし。でもマイケルのかわいい顔した凶悪ぶりには、理由は不明ですがなんだか強烈なショックを受けるのだそうです。

実はあの6人の中でおそらくマイケルが血統的には一番高貴なんだよ(詳しくは『モンティ・パイソン正伝』参照プリーズ)、と話したら、改めて、人間ってなんだろう、という衝撃を受けたようでした。さらに、その人がそういえば現在BBCでいい人をふりまいている旅行作家の人と同一人物であることを思い返させると、もう決定的な混乱に陥りゲシュタルトが崩壊する音が聞こえました。

なんかやはり温故知新。まったく経験したことがない種類のわけもわからずただ面白い、という快感をもたらす現実に直面して理解できず苦悩しつつしかしその一方で面白くてえへへへへへへとか笑いがだだ漏れている初心者を眺めつつ、ああかつて通ってきた道、などとつぶやきつつわたしはタバコをふかしてみるのであります。

ところで、青さんから頂いた、色バトンこと「自分を色んなものに例えてみるバトン」をやります。

●自分を色に例えると?●
青。というか青しか知らない。絵を描くと青の画材が一番先になくなる。

●自分を動物に例えると?●
当初からそういう予感がしていましたが、最近やはり、自分はキリギリスだなあと感じます。色々な意味で。

●自分を好きなキャラに例えると?●
個人的には、混沌とするフォルティ・タワーズ世界を照らす、唯一の良心であるポリー希望。でもあの中では実は一番マニュエルに近いです。もしくは、第2シリーズに出てくる、あの死んじゃうお客さんとか。ちなみにホリグレキャラクター診断によると、わたしはアーサー王なんだそうです。へえ。

●自分を食べ物に例えると?●
切り刻まれて皿に乗せられ自分がショーユとワサビつけられて食べられるのをひくひくしながら眺めているアジの活け作り。

●次に回す人を色で例えると?●
ここで止めておきます。というかわたしは実は友達が少ないのです。(しくしく)。

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