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26 February 2006

26FEB : アーサー王の帰還 (チケット発売編)

先日ちと記しましたとおり、2月21日にスパマロットロンドン公演のチケットが発売されました。すると公演開始は10月と当分先の話であるにもかかわらず、チケットが出た段階ですでに軽くニュース種になっていました。
これはパイソン関係はいまだにわりと報道されるという事実をふまえても、ちょっと珍しい扱いです。

その理由はやはり、
a) トニー賞授賞のブロードウェイミュージカルだから
b) それが英国人の現代文化の象徴的マスターピース映画の芝居だから
c) というより「そう簡単にこれを元植民地人にわかられてたまるか」という英人の意地
d) こないだワールドカップが二国間で開催される理由に関し表立って言われたり言われなかったりしたさまざまな動機と思惑に似ている動機と思惑が動いたのかも
e) つまり英国と米国は数世紀単位にわたる歴史・政治・経済面での利害および確執関係の建設的な向上をはかろうとしたもののそれは大変根が深くしかも今は戦争その他で若干状況が膠着、というよりどんどん絶望的な泥沼に陥っていくばかりで、泥にまみれて心身ともにヨレヨレになった両首脳の間にふと、「あたしたちこのままじゃいけないと思うの」と妙にドメスティックな語彙で関係の根本的な改善をはかる提案がなされ、ではこういうときこそ政治経済を離れて人間の精神活動の根源にたちかえり高尚な文化に心をひたすことにしよう、人間として文化的な友好を図ろう、そうだ文化だ、文化こそが国境を越え地球市民としての名のもとに人類規模の知的財産としてシェアされるべきなのだ。
f) というわけで、モンティ・パイソンが、その地球史的いちページに足跡が残されるべき偉大な平和親善大使的役割を帯びて両国間の橋渡しまたはテコ入れまたは潤滑油として機能し互いに望ましい方向に持って行き希望に満ちた21世紀の象徴として両国民の精神を潤しスパムとともに人類に永遠に記憶されることになった。(完)

g) ということはぜんぜんないのであって、実はニュースになったのは、エリックがチケット発売場所のパレス・シアターのボックスオフィス前まで当日出張してきて、半裸のおねえちゃんたちと一発騒ぎをぶちあげつつ、そしてスパムを配布していたからです。
BBCです→★★★

ホリグレのニューヨークでの試写会場では先着1000名にココナツが配られていたそうですが、30年後にこういう展開になろうとは。それにしても、この日のロンドンはみぞれまじりの雪が降ってまして、エリックもおねえちゃんたちの中の人たちもたいへんそうです。

それからどうやら最初の3か月間のアーサー王は、ティム・カリーに決定したようです。→★★★

ついでにBBCで見つけたテリGの近況。バンコクの映画祭に出席していたよし。「スパマロットのおかげで年金がもらえるようになった。ありがたい」のだそうです。→★★★

なおわたくしがこの2月21日に何をしていたかというと、
以下、次回。
とまた無駄に引っぱってみる。

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17 February 2006

17FEB : 電話とジョンと栗

ある別サイト様で取り上げられていたねたですが、あまりにもラヴリだったのでつい。なにとぞご容赦>別サイト様。



「しまクリーズ」。



いや、某ダフォーンさんのキャンペーンなんですが。


初めて見たときわたしは一体これが何なのか咄嗟には理解できず、思考が停止しました。停止しつつも某ダのロゴを視界の隅でとらえた瞬間、ああ、もう、これはただちに某ダさんに乗りかえねば、すぐに乗りかえねば、今すぐ乗りかえるぞ乗りかえるぞさあ乗りかえるぞ、と、おそらく某ダさんの中の人たちが全然意図していなかったであろう強力なマントラ的訴求力を脳髄にダイレクトに感じました。
(それとも意図していたのだろうか。こういう反応思うツボなんだろうか。最近のパイソン狙いのCMを多さを考えると。どうなんですか某ダの中の人。)

でもよく考えたら、ジョン本人は今こっちの携帯オレンジ社のCMに出てるんです。えーとよくわかりませんがいいのかな。辻褄は合ってるのかそれで。

余談ですが、ジョンの携帯はフォルティ・タワーズのテーマ曲で鳴るようです。『人生狂騒曲』のDVDでそうなってました。

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14 February 2006

14FEB : 地球とマイケル(番外)

こないだなんとなくマイケルのことを考えていました。

「今のマイケルは完全に冒険旅行ドキュメンタリー作家ということになってるんだろうなあ。旅行業界経済に影響だって与えてしまうんだもんなあ。若い人だと、英人でも、この山とか砂漠とかに冒険に行く人が実はその昔テレビや映画で大暴れしていた、ということは知らんだろうなあ。というかずっと前、マイケルファンだというわりと年いったおばさまに、『ホーリー・グレイルって何?』と訊ねられて驚愕したことがあったよなあ(ここの12月16日参照)。そうなんだマイケル、その昔はテレビと映画の俳優で …… 今はもっぱら地球をいろいろ冒険 …… テレビ隊を率いて行ってドキュメンタリーを作っている ……」






そのときわたしの脳裏に、

















「それって川口浩?」




となると、





BBC水曜スペシャル
「驚異!阿鼻叫喚厳寒のヒマラヤ氷地獄高度4000メートルに、伝説の『天と地上で一番のトイレ』は実在した!!」 (ババーン!)

BBCの人たちともこういう展開が。

「ああっ隊長っ!あれを見てください!」
「おお!あれはここペシャワール奥地でひそかに生息しているという、幻の路上歯医者族だ!なんだあのギリアムアニメよりも奇怪な巨大な歯の模型は!よし、これから接近を試みる」
「隊長!気をつけてください!」
「こんにちは路上歯医者さん。わたしたちイギリスから来ました。わたし世界一いい人です。わたしたちは友達です。わかる?わたしいい人。と・も・だ・ち。」
「こらどうもマイケル・ペイリンさん、いやあいつも楽しく見ていますよははは」
「おおなんということだ!この部族は流暢に英語をしゃべるぞ!」
「んなことおっしゃいますが、BBC1の日曜プライムタイムの番組に、英語を話さない人間が出るわけないじゃないですか。今までだって、どんな地球の僻地でも必ず英語しゃべる人が出てたじゃないですか」
「隊長!この部族は妙に内部事情に詳しいです!」
「うーむ、このようなプリミティブな生態に見せかけておいて、その実BBCにスパイでも放っているのかもしれん。みんな油断するな!」
「うわあ隊長ー!!こっちに来てください!」
「どうしたんだー!」
「見てください!この種族は、家の中で手作りカラシニコフを作ってますー!」
「どうもどもマイケル・ペイリンさん、できたて一丁いかがですか?」
「わっこっちに向けるんじゃない!危ないみんな伏せろ!」
「ここじゃ一人一丁あたりまえね。あんたら遅れてるね。あはははははみなアジアの足元にひれ伏すがよいねぎゃははははは」
「ううむ原始的部族の分際で生意気な!」
「隊長!BBCの日曜プライムタイム番組でそのようなやばい発言をしてはいけません!」
「ちっ、文明国の縛りが不利に働くとは野蛮人どもめ!」
「たたた隊長!い、いけません、昔ならともかく今のあなたは地球的いい人なんですから!!」
(以下放送中断)


マイケラーの皆様、ごめんなさいごめんなさい。と謝るなら最初からするなとおっしゃるか。なにもかも愛が悪いんです。愛が。

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13 February 2006

13FEB : ライフ&ハウ・トゥ・サヴァイヴ・イット

『Always Look on the Bright Side of Life』を書いたときのエリックには神が宿っていたと思います。表現芸術を職業にしている人に、人生中1、2度訪れるあの瞬間です。しかし、さんざ自分がねたにされてる『ブライアン』のような映画を作った人に、それでも宿ってくださるとは、神様もなかなか心の広い人です。人じゃないけど。確かこの一行を谷山浩子さんとケラさんは「人生前向きに行こう♪」と解釈してらしてなかなかすてきでした。(違うかもしれない。ちょっとウロ。CD発売希望。「♪すべての精子はとなりの家でも役に立つ♪」も収録希望。)

ところで「クロックワイズ」という映画があります。邦題『時計仕掛けの校長先生』の、ジョンが出てるあれです。わたしはこの邦題を聞くたびに、ジョンが「雨に唄えば」を歌いながら大暴れする光景が脳裏をよぎるのですがそれはさておき。この映画はしかし、いい感じなんだけど惜しいところで「もう一歩」を逃しているような気がします。テンポの問題というか、急いでいる話なんだからもうちょびっとずつ縫い縮めてほしいなあ、と。確か監督も脚本ももともと演劇方面の人々だったはずですが(ちなみに脚本の人はフットライツ出身です)、その影響なのでしょうかやはり。

しかしそのかわり、ぽつぽつと光るように印象に残る場面があります。もう完全に間に合わない、と理解したジョンがテーブルにがっくり伏せるとこがとてもイイ。でも、なんといっても、ぬかるみにはまってしまった車を捨てて歩き始め、泥だらけのまま野原を遠くに去っていくジョンの後姿が好きで。いやもう好きで好きで、それはあまりにも英中年男の哀愁を全身で表わしているので、思わずマイ・ライフ・アズ・ジョン・クリーズ、とわたしはお星様を見上げながらイングマル少年のようにつぶやきたくなります。

で、
そういう哀愁バージョンのジョンがふとこんなことを言う。

“It's not the despair. I can take the despair. It's the hope I can't stand.”

「問題は絶望ではない。絶望なら耐えられる。耐えられないのは希望の方だ」。

深い。
人生のマリアナ海溝的に深い。
これはたいへん深いので、だからわたしの中に沈殿し、ときどきココロがおだやかでなくなりざわざわ揺り動かされたりしたときに、底の方からふとゆらめいて立ちのぼってきます。「絶望なら耐えられるが希望には耐えられない」。言うのがジョンだからなおさら重い味わいが。この言葉と、あくまでもエリックな「人生前向きに行こう」と、どっちをどう信じて人生に対応したもんでしょうかパイソノタとしては。

余談ですが、クロックワイズ道中はうちの近所を通ります。あのへんをあの人たちが、と考えるのはなかなかゆかいです。

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04 February 2006

04FEB : 世界で一番なジョーク

先日はヒース・レジャーがすてきなあまり、本来の本題から若干それてふつうに映画の話をしてしまいました。
ので、今日はとても関連のある映画をひとつ。

THE ARISTOCRATS。
昨年暮れの映画ですが、日本で公開されている形跡はありません。これからも、当分はないと思われます。
これはコメディに関する映画、というかドキュメンタリーです。しかしコメディ好きでいろいろ映画も見ておりますが、これほどの衝撃は「イディオッツ」以来です。金縛りにあいました。

どういう映画かというと。
現役コメディアンたちの間で都市伝説のように語りつがれている、とても電波に乗せることはできない、「世界で一番過激なジョーク」というものが存在する、それはコメディアンたちにより各自解釈しアイディアをほどこされ、より過激になっている、その自分たちのアイディアを、100人コメディアンが次々出てきて各自のバージョンで語る、というのがその内容といえば内容です。かれらは自分のバージョンが一番過激であると信じつつ、そのとんでもねえものを嬉々として語ります。

ではその「過激なジョーク」とは何か。
多くの場合、次のようなパターンです。

「あるエージェントのオフィスに父親、母親、その息子と娘、その犬という家族がひと組入ってきた。『我々を使って下さい、大受けすること間違いないです』『おかど違いだ、ファミリーもんならよそに行ってくれ』『いや、素晴らしいジョークをお目にかけます、ちょっとだけでも』『ならさっさとやってくれ、何ができるんだ?』
すると、
その家族が『では』とおもむろにいきなりなにもかも脱ぎ捨て、
それはそれはどろどろねたねたの、放禁用語ばこばこの、モザイクばしばしの、検閲ぬとぬとの、スカトロずるずるぐちゃぐちゃの、全員粘液まみれナニまみれ、当然犬も巻きこんで黄色と茶色人獣相まみえるというか、そーゆー世界を、どこどこその場で展開する。
(もちろん、それを語るコメディアンはこのぬちゃぬちゃ詳細をこと細かに描写するわけです。)
エージェント口を開いて、『あ、ああ、スバラシイ。で、それは何というジョークなんだ?』
家族そろって、
『やんごとなきご一家、でーす!』」

いや、本当の最後のセリフは「ジ・アリストクラッツ!」です。このパンチラインからこのアングラジョークのタイトルがきているわけですが、性的、あるいは家族に関する侮辱単語に関しては日本語よりもずっとタブー感が強い英語でのショックが、こうすれば少しでも伝わるかと。
こういうジョークが映画画面で大声で90分間語られ続ける衝撃。大笑いしつつ本気で吐きそうになりました。

しかしそのジョークそのものよりもショックを受けたのは、その世界一過激なジョークのことを語るとき、100人の各コメディアンのコメディに対する捨て身の覚悟というか、コメディに対する姿勢というか、たたかいの哲学のようなものがごく自然に透けて見えるのです。これはすばらしい。ああ、なんてカッコよくてカッコ悪くて高尚にして野卑なんだ、コメディアンという商売は。

で、
100人コメディアンが出てきてはいるのですが、そのほとんどがアメリカの現役スタンダップの人ゆえ、実はロビン・ウィリアムズ、ウーピー・ゴールドバーグ、クリス・ロック、ペン&テラー、キャリー・フィッシャー(!) というメジャー路線以外、よくわからない人ばかりなのです。要勉強。
しかしここに英国代表として、(1) ビリー・コノリー、(2) エディ・イザード、そして(3) エリック・アイドル、が出ています。アメリカのインディペンデントコメディ映画に出すには、すごくバランスの取れた人選だと思います。パイソンあるいはあの世代のうちでは、唯一エリックがスタンダップができる人であるようですし。

ちょっと初老のエリックは、自分の「ジ・アリストクラッツ」ジョークをやろうとして、「ごめん、すまん、ジョークは苦手なんだよね」と一度とちります。
でどうするかというと、今度はドイツ語で語りだす。
あのエリック口調のドイツ語でジョーク(たぶん)をぺらぺらぱらぱらフリつきで語ったあと、パンチラインを
「ジ・アリストクラッツ!イエイ!」(嬉しそう)
ああエリックだ。と思いました。

あと、テリGも撮影されてアリストクラッツジョークを語っていたらしいのですが、エンディングロールにわずかに「Special thanks to Terry Gilliam」とあるだけで、本編には出てきません。どうやら気の毒にもカットされたらしい。

とりあえず、ジ・アリストクラッツ。スゴすぎる。できれば英語で。ぜひ原語でこのヒドイ感じを味わってほしい。見終わったあと、わたしはしばらく、ジョークとはなにか、コメディアンとはなんなのか、と、遠い目をして考えました。

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03 February 2006

03FEB : When Terry’s 64; グリムとヒース・レジャー; そして21世紀のパイソン裁判

★おととい2月1日はテリJさんの64回目のお誕生日でした。おめでとうおじいちゃん。ぜひ達者で頑固なウェールズ人のじじいでいてください。

●ブラザーズ・グリム以来かなーり気になっていた女子も多いと思われる、ヒース・レジャー主演の「ブロークバック・マウンテン」をひとあしお先に見ました。わかりやすく盛り上げておいてどうだ禁断の悲恋だ素晴らしいだろうさあ泣け感動しろ!な展開ではぜんぜんない、アン・リー監督調に淡々と静かな話はこびのこういう映画が、アメリカでヒットしたということにまず驚きました。テーマが社会的にも論議を呼んでいますが、とりあえずこれは、ホモセクシュアリティがどうこうというより、苦悩するアメリカの家族の姿の映画ではないかと。そして、ヒース・レジャーが、良い。良いったらよい。その朴訥な大人のカウボーイ態度と口調、その葛藤と苦悩の感情、グリム弟と同一人物だとはとても思えません。(なんでも『グリム』撮影中は、あえてハイパーアクティヴになるためにチョコレートばかり食べていたんだそうです。)わたしは、ふたりが4年ぶりに再会するところがとても好きです。うーんそうか思わず物影にひっぱりこんじゃうのか、でももうちょっと注意深く行動しろよ、というツッコミも若干しつつ。やっぱりアン・リーはこうでなくては、と思ったものの、確かこの人は「ハルク2」の契約書にうっかりサインをしてしまっていたのではなかっただろうか。(ちなみにエリック・バナもしているはずでして。どうなるのだろう緑色の人)

●BBCで見かけたスパマロット関連のニュース。→★★

あるモデルさんが、スパマロットの宣伝材料に自分の写真を許可なしかつ望まない方向で使われたという理由で、プロデューサーを相手どり裁判を起こしているのだそうです。

問題の写真は、スパマロットの劇場であるシューバート・シアターの外壁に掲示されているもので、上記サイトにその画像があります。なんでも、モデルさんの2年前のケープ・タウンでの仕事のときに撮影された、私的なものであるよし。カメラマン相手にジョークで投げキスをしている姿ですが、原告側いわく「身体的にある種の虚偽の強調がほどこされている」。(つまり「おっぱいがでかく加工されている」ですな。)モデルさんにとりこれは「公衆の面前での侮辱と恥辱」であり、その結果「非常な不安、屈辱、苦痛を感じている」のだそうです。

1月25日の記事ですが、以来続報はなく、ちょっと行方が気になるニュースです。もし訴えどおり、出演者でもないプロのモデルさんの写真を無断で加工して使っていたのなら、それは弁解の余地なしにかなりまずい話なんじゃないか。と思います。

しかし個人的な話で恐縮ですが。
わたくしは一応現場のシューバート・シアター近辺を非常な熱意を持ってじろじろ眺めてきた者ですが、去年も今年もこの写真にはまったく気がつきませんでした。記事を見て「こんな写真あったっけ」としばし考え、結局思い出せませんでした。記事の写真がやや仰角で撮影されているところをみると、おそらく建物の2階以上の部分なのだと思われますが、どうも目に入りにくい部分であるようです。

なので、この記事を読んだとき、それは軽率だ、だめじゃんプロデューサーの中の人たち、と思うと同時に、

(1) 言わなきゃ意外と気づかれないのに、訴え出ることによりかえって人目を集めて、モデルさんは侮辱と屈辱と苦痛とを増幅させているのではないか。

および

(2) なぜ、開演後1年経った今になって訴えていらっしゃるのか。

というそこはかとない疑問が。
もちろん個人の権利は正義によって公正に裁かれるべきですが、それにしてもやはり若干の疑問。
乞う続報。
それにしてもパイソンとは、いつでも今でもどうしても裁判にまきこまれる運命の人たちのようです。

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