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14 October 2005

14OCT : 正伝おぼえがき

「正伝」に関してお伝え申し上げます。
えー、この本は、発売当日本屋さんに「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のごとく山のように積み上げられるかというとそんなことはおそらくない、というのが正直なところでございまして、もし確実に入手されることをご希望でしたら、事前にご予約されることをお勧め申し上げます。わたし個人の願望と致しましては、ネット本屋さんよりもできればリアル本屋さんで、対応に出た店員さんの反応を注意深く観察し、そこから自分とパイソンと社会との関係について結論を導きだして遊んでいただく、というのがわりと面白そうで一興ではないかと思うのですが、わたしはそういうことについてどうこう言える立場にはあまりないような気がするのも事実です。

バーチャル本屋さんです。アフィリエイトとかそういうややこしいことは一切なく、ただのリンクです。

★長いこと扱いがなかったので、ほう世の中にはここで扱われない本というものもあるのだなあ、と感動していたら突然始めてくれたアマゾンさん
楽天さん
HMVさん
まんがの森さん
★グレハム・チャップマンという独創的な表記になっておりますが本のほうではグレアムになっているはずの本家白夜書房さま当該頁トップ頁

どうかお役に立てますことを。


さて、
転んでもただでは起きずにすかさず倒れたことでアイディアをひねり出してしまう、というパイソン的手法にのっとり、今別ページで「正伝」のまとめをぱこぱこ作っています。そこに入れられないたぐいの、時間とともにブログの奥底へと埋もれていくべき個人的なおぼえがきを順不同でとりとめもなく。

1) ジョンのケンブリッジ卒業時の成績がアッパー・セカンドだった、というのはどこかで読んでいましたが、科目によっては実はファーストを取っていたことを知り、わたしは驚愕しました。これは大学の成績のランクで、上から「ファースト」「アッパー・セカンド」「ロウアー・セカンド」「サード」というカテゴリに分けられます。しかしファーストになるには、ただ順位が上になればいいというのではなく、論文を書いて、それが教授陣から要求されるある一定の水準を高く超えている必要があります。だから「ファースト」はよくてひとり、あるいはまったく出ないのが普通なのに。しかもそれをケンブリッジで。しかもジョンは最終学年の後半はずっとフットライツ公演を書いたりやったりしていたのに。しかもそのとき参加した公演は、フットライツ史上最大のヒット作になったのであって。なんというか、人間じゃない。絶対に違う。

2) テリJとマイケルとは、仲を保つのがうまいなあと思いました。ジョンとグレアムのケンブリッジ組は最初からなんか微妙な感じで、しかも時代が下るにつれいろんな波風が立ってしまうようになるのはわりとあちこちで語られてきたとおりですが、テリJ&マイケルがオックスフォード時代からどのくらい波風が立たずにうまくすごしてきたか、ということは、ジョングレほどのドラマがないせいか、かえって話題にならずにいたような気がします。(なにしろジョングレの関係はあまりにもドラマティックなので、ロンドンで芝居になったくらいです。) パイソンツアーでニューヨーク滞在中、ふたりで部屋を借りたら隣に住んでいたのはキャサリン・ヘップバーンだった、というくだりがすてきです。それから、こういう何十年もうまく行ってるテリJ&マイケルを踏まえて、あらためてホリグレDVDのロケ地探訪を見ると、しみじみ味わいが感じられます。

3) デイヴィッド・シャーロック氏がグレアムの代理人その1としていろいろ語っているのですが(その2とその3はグレアムのお兄様とその奥様)、なんというか、とても複雑な感情を抱えて生きている方だと思いました。もっとも立場を考えたら当然ですが。でも、いろいろ複雑な感情を吐露していらっしゃいますが、第6章最後の発言にやられました。この本通じてのベスト発言のひとつだと思います。

4) 第2章でマイケルが、「母の家系は準貴族で祖父はオックスフォード州の長官だった」とかさらりと言っているので、わたしは驚愕しました。いや驚いてばかりですが。お母様はバッキンガムの舞踏会で社交界にデビューしたんだそうです。お父様の方も貴族の称号はないものの代々たいへんポッシュな家系だったそうで、いや、マイケル、生まれが良すぎ。世界が違う。とはいえ、かつてはそういうところに属していたペイリン家は、大恐慌と戦争を経てかなーりくっきりと「斜陽」なおうちになっています。マイケル少年はその複雑な環境のもとたいへん複雑な心境で育ったようで、その当時のことを語るとき、マイケルは「うちは裕福ではなかった」とか「家が貧しかった」と言っては、その後すぐに「でもそれはたいした問題ではなかったけれども」と打ち消す、ということを何度もくり返しています。

5) そういう点も含めて、わたしは、それぞれのパイソンズが生まれてから大学に入るあたりまでを通して語る、という第2章が大好きです。こういう背景をまとめて読むのはたぶん初めてですし、当時のロウアー・ミドル・クラスの人々の生活の貴重な証言になっているし、それに、なにより、だって、みんななんかどっか暗いんだもの。テリGだけが例外で、悩みはするけど西海岸的に明るくつき抜けていて、このへんがアメリカとイギリスの違いなのだろうと思います。けれどイギリス人のみなさんはどこかしらこうカゲがあって、「いやあ親に愛されちゃって幸せな子供時代だったなあ」ではぜんぜんない人ばかりです。特にエリックがすさまじくて、寄宿学校時代の話などはまるでゲーツヘッドのジェーン・エアです。こういう静かな陰のエナジーを蓄積していた人たちがコメディに向かったのは何故か。その答えは、友よ、風に吹かれているのでしょうが、そこでわたしはジェニファー・ソーンダースが言っていた
「幸せだったら、人はコメディなんかやろうとは思わない」
という言葉をふと遠い目をして思い出すわけです。

6) 話は戻りますが、マイケルは斜陽とはいえ元準貴族家系で、純パブリック・スクールのシュルーズベリを出てオックスフォードに行ったのだ、という事実に思いをはせながら、「ランバージャックソング」を聞くと物凄く面白いです。

7) パイソン時代のマイケルがマリファナをやってるのを発見。というか、自分の日記にやっているときっちり書いている。(いい人だ。)もっとも、70年代のロンドンの芸能界に若いころにいてそういうことをたしなんでいなかったらそっちのほうが変ですが、やっぱりあの頃のマイケルは何かを超えている。ちなみにエリックもやってるらしいですが、こっちはあまり意外だと感じないのは何故でしょう。

8) グレアムはときどき、宇宙語をしゃべったり書いたりしているとしか思えないふしがあります。宇宙語は知らないのでたいへん困ります。

9) それはともかく、その前後にはいろいろ騒ぎを起こしてああだこうだと悶着があったようですが、「ブライアン」の章だけは、5人の口調が揃って「あのときのグレアムはよかったなあ」という、しみじみ感に満ちているのがたいへんいいと思います。

10) それにしても、第6章で、「グレアムはもうこの病院から出ることはないだろう」と伝えられ、思わず「なんだ出られないってのは?入院費でも払えないのか?」と返すテリGが(笑)(泣)(笑号泣)

11) 第7章で、アスペンを終えていろいろあってエリックがぶち切れたあと、結局残りの全員、特にマイケルとは和解できたのかがかなり気になります。でもマイケルが文中で「今は大丈夫」みたいなことを言っているし、それにこないだはスパマロットで再集合して楽しそうだったし、まあ、この人々の場合いつも結局なんとかなるのであまり心配しなくていいのかもしれません。

12) ところで、第4章前半3分の1「空飛ぶモンティ・パイソン」の一番最後の、ジョンに関するマイケルのコメントがこわくてたまりません。夜中に書いてて「きゃー」とさけびそうになりました。わたしはたいがいのジョンは平気ですが、これは本気でこわかったです。

13) 巻末に「パイソン年表」がついています。1939年10月27日がジョンの誕生日として一番上にあります。1940年11月のテリG、41年1月のグレアム、と順に続いて、1966年にザ・フロスト・レポート、1969年にフライング・サーカス、1974年にホーリー・グレイルがあります。いや実際はもうちょっと詳しいのですが。で、その年表の末尾はこうなっています。
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1989年 10月4日にグレアム・チャップマン死亡
2030年 10月14日にジョン・クリーズ死亡
2034年 2月14日にマイケル・ペイリン死亡(カラハリ砂漠での番組撮影中)
2046年 8月にテリー・ギリアム死亡(まる1か月かかった)
3039年 4月1日にエリック・アイドル死亡(他のバカより必ず長生きしてみせる)
-------------------------
3039年。エリック1096歳。ロウソクを立てるのにタタミくらいのバースデイ・ケーキが必要でしょう。願わくばその大往生を見送りたいものです。それから、テリGの死因はなんなのかがたいへん気になります。

とりとめもなく、続くかもしれずまた続かぬやもしれず。

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Comments

akko嬢

極東のバナナ状に長い列島に住んでいれば、兵庫県瀬戸内海側の本屋を駆けずり回って、モンパ伝(正しい略し方をなんでしょうか?)を店頭のいっちゃん目につくところにディスプレイしなおすのですが、西の端、akkoさん家の向かいにいる限り、それもままなりませぬ。

と、いうことで、ビジターが身内+αという拙サイトにて、紹介させていただきました。草の根巡業が、印税富豪のはじめの第一歩、ぼんさんがへをこいた(関西ローカル?)ですぞ。

ほなまた!

Posted by: オランダ人間山脈 | 14 October 2005 at 17:13

★さまよえるオランダ山脈さま
御サイトにて楽しいご紹介をたまわりありがとうございます。
http://www.ohayo.nl/

それから電脳時代の生活の知恵をひとつ。
「ちょっとおねえさん。アムスにリアル本屋がなくてもネット本屋があるよネット。ひとつどうよぱこぱこっと。うひひひひひひ」

「正伝」の略し方に関しては、わたしは「正伝」と何の迷いもなく書いておりましたが、これでは安直にすぎるような気がしてきました。流れに身をまかすな、現実を疑え!と本文中でマイケルも言っているというのに、わたしはうっかり流されてしまうところでした。なので、わたくしはこれから、本書を「ハリー・ポッター」と略すことにします。さらに略して「ハリポ」です。
今後の問題は、そうしたところで、一体誰がどう得をするのかじっくり考えねばならないことです。

Posted by: akko | 15 October 2005 at 07:46

編集担当者です。
企画段階の邦題は『モンティ・パイソンのモンティ・パイソンによるモンティ・パイソンのためのモンティ・パイソン自叙伝』だったんですが、さすがに長すぎると社内の各部署から怒られまして、「じゃ短くしてやろうじゃないかけっ」と、いったんは『モンティ・パイソン氏の自伝』にしてみたんですが、どうもまだしっくり来ない。かっこよすぎる。
7月に『ボブ・ディラン自伝』という本も出ていたので、それと同類にされるのも嫌だなと思っていたところ、ある日頭の中から『阿Q正伝』という題名を急に思い出しまして、そういやこっちもバカの話だし、「正伝」には「いいことばかりではなく、間違いや失敗や悪い部分も含めて正しく書いたもの」というニュアンスがあるそうなので、ならばこの本にはふさわしいぞと思って邦題に取り入れた次第です。

実際、この本の内容の大半は、「何の前振りもなく、いきなりイギリスの常識を言われてもよくわからない」話や、「僕の好きなモンティ・パイソンはこんなんじゃない!」話や、「こんなの読んじゃったらもうパイソンを涙なしには観られないじゃないか! どうしてくれる!」話で満ち満ちています。読む人のパイソン観を決定的に変えてしまいますので、くれぐれも覚悟の上お読みください。

で、「正伝」の略し方ですが、日本語では「4文字で略せて、濁点や半濁点が入っているとよろしい」という法則がありますので、「パイ伝」なんていかがでしょうか。奇しくも「カスタード・パイ」にも似てるし。

Posted by: eno7753 | 16 October 2005 at 00:31

編集担当者さま

適材適訳で素晴らしいご本を世に出されたこと、地の西の果てで称え崇めたてさせていただいております。

ところで、貴殿の人を「笑わせる」ことと「笑われる」ことの違いがどうも私の感覚と違うようなので、コメントさせていただきます。そこまでモンティパイソンに詳しくはないのですが、お笑いはバカだからできるのではなく、笑いを真面目に追求できる素質、能力があって、ようやく人を笑わせることができるのではないでしょうか。「こっちもバカの話しだし」といのが、とても心に刺さっています。

ジョン翁よりちょっとばかし若い私のオランダ人パートナーも、akkoさんが「正伝」を翻訳された旨に関して、「英国在住でなければ分からない、もしくは掴めないニュアンスがあるだろうから、素晴らしい人選だ!」と申しておりました。すでに在外10年+の私にとって今時の日本の常識は、?マークの嵐であるように、読む人のパイソン感というのも百人百五色(多重人格者含む)。いろんな意味で脳みそシェイクなモンティパイソン正伝なのであろうと期待しています。

「パイ伝」という略は、堀江し○ぶの追悼写真集のような気がするのは、私が今浦島だからでしょうか?

akkoさま

ネット本屋は、個人的にとても危険なので、未だに手を染めておりません。過食症ならぬ過読症の貧乏人が手を出すには、あまりにも危険が大きすぎます。それに、今は勉強しないといけないんですぅーーー(涙)。日本語の活字が身近にあって読まずにおられない体質で、「正伝」が目の前にあったら……。考えるだけで自滅の過程が走馬灯のように頭の裏っ側を駆け巡りますです。

ほなまた!

Posted by: オランダ人間山脈 | 16 October 2005 at 17:58

★編集担当者enoさま。
ようこそこのキクイムシアバラ屋拙ブログへ。拙茶と拙ざぶとんですがどうぞ。そのせつは筆舌につくしがたいほど大変お世話になりました(平伏)。わたくしはもう白夜書房様のある聖なる東京都豊島区方向には足を向けて寝ないことにしています。地球の裏にいると若干難しいのですがそれでも。

もし「モンティ・パイソンのモンティ・パイソンによるモンティ・パイソンのためのモンティ・パイソン自俣`」になっていたら、 「That Was The Week That Was」を「TW3」とするのと同じ要領で「MP4」と略せて、語感もナウくていけていたのではないでしょうか。その次の「モンティ・パイソン氏の自伝」はかなり好きだったので、没になったときは残念でしたが、その後出てきた「モンティ・パイソン正伝」の、どーんと正々堂々バカの正しいパワーにはやはりかなわないですね。それから「モンティ・パイソン氏の云々」がちょっと帯で復活しているのを拝見し「さすがだ」と思いました。

>読む人のパイソン観を決定的に変えてしまう
わたしは7章に変えられました。あそこはなんというか、あれですね。ああいうところまでまとめて面倒見る覚悟で好きでやってるパイソヲタだから別にいいのですが、それにしてもあそこはあれで、読んでて脂汗がにじみました。
それから6章頭のエリックもたまんなかったです。あれはずるいと思います。だめだそれはいかん反則だ禁じ手だエリック。そんなこと言われたらもう、パイソンを涙なしでは見られないじゃないか。どうやら、パイソンとして生きているというのは実にたいへんなことのようです。

Posted by: akko | 16 October 2005 at 18:03

★在蘭同胞姉御
だいじょうぶですお姉さま。とりあえずお勉強の合間になんとかして現物をご覧ください。これはただのバカの話ではなく、ものすごく真面目に賢いバカの人々の話です。機会があったら、フライング・サーカスの20話(だったと思う)の「社会の愚者について」スケッチもご参照ください。あれは当時の英国社会でバカをやりまくっていたパイソンという存在の真髄をかなりするどくついている、とわたしは思うのです。そうでなければ単なるジョンの本音というか。いずれにせよ敬服するほど真剣なバカの人々です。

ニュアンスの問題は、10年住んでもまだまだだと感じます。あることがどうしてもわからず、英人に訊くとあっさりと「なんだあんたそんなことも知らんのか」という感じで教えてくれたりして、思わず「ちくそうなんでわかるんだ、ずるいー」となったことも一度や二度ではありませんでした。おそらく一生もんの課題でしょう。

アムスにはリアル日本語本屋さんはないのでしょうか。ロンドンには数店ありますが、わたしはそこには行かないことにしています。理由は、どんなにそうすまいと思っていても、行くと定価の3倍になっている本を買ってしまうからです。以前パブのはしごの最中うっかり立ち寄ってしまい、気が大きくなった勢いでどこどこ棚から抜き出して、「これ全部ちょーだい」とレジにどさりと置いたら、冷静にレジを叩かれ「○○ポンドです」と告げられ、酔いが一気にさーと醒めたことがあります。えーいあたしも女だ一度口にしたことを引っ込められるか、てんで買いましたが。飲んだら行くな、行くなら飲むな。いや飲まなくても買っちゃうんですが。危険なとこです日本語本屋。

Posted by: akko | 17 October 2005 at 06:41

>オランダ人間山脈様

>お笑いはバカだからできるのではなく、
>笑いを真面目に追求できる素質、能力があって、
>ようやく人を笑わせることができるのではないでしょうか。

もちろんその通りです。
ていうか、「頭が良くなくてはバカなことはできない」という大前提が、どうもこの火の元の、もとい日の本の国ではいまひとつ根付いていないことに、深く憂慮の念を抱いているものであります。
(たとえば、この国でだれかが『天才』という言葉を使うとき、そこには本人が意識しようとしていまいと『どうせあいつは俺たちとは違う人種だよ、近寄りたくねーなぁ、けっ』というニュアンスが抜きがたく表明されてしまい、結果としてその言葉は仲間外れのレッテル貼りとしてしか機能しません。心ない政治家が『日本は単一民族国家である』と発言するとき、彼はアイヌや琉球民族や朝鮮民族を差別するばかりでなく、天才や天狗やとなりのトトロまでをも差別しているのです)

それはさておき。
本文中でジョンも「『ザ・フロスト・レポート』では採用されないような、真にバカなことをやろうと思った」という趣旨の証言もありますし、本文を見ればそこかしこにおいて彼ら自身がバカを自称し、バカの素晴らしさを礼賛しています。

というわけで、この本の文脈では、「バカ」は最上級の褒め言葉であるとご了解いただけますと幸いです。

Posted by: eno7753 | 18 October 2005 at 04:52

 まだ買ったばかりで、さわりしか読んでいません。そうですか、この先には、あんなことや、こんなことがあるんですね。ううむ、興味津々。
 ところで、タイトルが、「モンティ・パイソン氏の自伝」でなかったのは残念ですね。もし、実現していれば、ただの番組のタイトルでしかなかった「モンティ・パイソン」が、一つの人格を得て、世界中に広まっていったという事象を暗にあらわすことにもなったと思います故。

Posted by: 木下(にょろにょろ)靖 | 19 October 2005 at 17:26

★eno7753様
御書込を拝読し、ふと英語の silly も stupid も idiot も fool も全部訳語が「バカ」にならざるを得ないところにその事実があらわれているのではないかと思いました。
パイソンが語られるときに出てくる「バカ」は silly です。シリー・ウォークにしろ、6話のグレアム大佐の「さっきのベッドに関するスケッチはもっとシリーだった」という台詞にしろ、それからグレアムが亡くなったときに残りのパイソンズが贈った花に添えられていた「Stop us if we are getting too silly」という言葉にしろ。そして引いておられる、本文中のジョンの「ザ・フロスト・レポートではできないようなバカなことをやりたい」の「バカなこと」もやはり「silly things」です。

シリーという言葉には、残りの3つに比べると、いわゆる与太郎的なバカというよりは、「意味のない、あり得ない、常軌を逸している」というニュアンスを感じます。でもその感じをうまく表せる語彙を日本語はどうも持たないようです。

だから個人的にMinistry of Silly Walk の「バカ歩き省」という通り名にすごく違和感を感じるのですが、それが定着していると、あのスケッチをそれ以外の名前で呼ぶことはできないのも事実です。と翻訳者がこういうことを言ってはいけないのかもしれませんが、どうしたらいいものでしょうか。

それから関連して、ちょっと前回の書き込みに補足です。
頭のよさゆえにあえてバカをやる人と、社会との関係については、1998年の素ん晴らしいデンマーク映画「イディオッツ」をご参照下さい。わたしはこれをパイソンを知る前に見ました。その後パイソンに分け入りはじめ、そしてある日上記の「社会の愚者」スケッチを見たとき、わたしは「わあっ!!あの映画の監督は絶対に絶対に絶対にこのスケッチを見てあの映画を作ったに違いない!!!」と思わずさけびました。
これは、「頭のいい人がバカをやること」の社会的ショックを、今の価値観に翻訳して見せてくれる映画です。要するにこのくらい過激に見えていたのです。政治的に正しいアメリカはもちろん、パイソン時代ならともかく、今では英国ですらおそらく無理な題材です。おそるべし北欧。だてに寒いわけじゃないのだ。

★木下にょろさま
拙ブログではたぶん初めまして。
その先には、あんなこんな楽しいことや面白いことや、それからそれほど楽しくも面白くもないことが待ち構えています。でもわたしは個人的に、そういうことをまとめて面倒見る覚悟の、いちジョン専でいこうと思います。

「モンティ・パイソン氏の自伝」が没になって残念、というご意見に賛成です。なぜならば、「モンティ・パイソン」とはある架空の人名であるという、英語圏ではともかく日本語ではちょっと即座に理解しにくい事実を、はっきり示すものになるのではないかと思っていたからです。

もしあの番組に「フクロウ拡張」とか「カエル昇華」とかいうタイトルがつけられたとしたら、仮に内容が同一でも、はたして今、われわれは、今われわれが見ているようにこの番組を見ているでしょうか。わたしは、たぶんそうではないと思います。偶然とはなかなかすごい仕事をするものです。


Posted by: akko | 20 October 2005 at 13:09

>ふと英語の silly も stupid も idiot も fool も全部訳語が 「バカ」にならざるを得ないところにその事実があらわれているのではないか と思いました。

そうですね。日本語には「バカ」を表現する語彙が少ないということかもしれません。
関西弁は標準語に比べてちょっと多いという声もありそうですが。
前の書き込みで取り上げた「天才」もたぶん同じことで、
どうも現代の標準日本語は、いわゆる「川向こう」に分類される人々を
「川向こう」でひとくくりにしてしまったままではないかという気もします。
つい最近もジョブズ氏が「Be foolish」と語ったことが「バカになれ」と
訳されていましたが、それでは伝わるニュアンスがずいぶん違います。

>タイトルが、「モンティ・パイソン氏の自伝」でなかったのは残念で すね。
これはきわめて流通上の問題です。
本の製作にかかわった人たちは、当然パイソンについて「川向こう」と言われても
仕方ないほど知っていますし、できた本はどう見てもパイソンを知らない人は
そもそも手に取ることも存在を知ることもできない、つまりは「ヲタしか買わん」
ようなものになっていますので、読者さんの側から「パイソン氏」のほうがよかった
というご意見があるだろうことは十分想定内でした。
しかし、取次問屋から書店に膨大な数の新刊が一方的に送られている現状では、
店員さんが毎朝新刊の入った段ボールを開けて、その第一印象で
「知らない」「よくわからん」と判断されてしまった本は、店頭に並ぶことなく、
段ボール箱から出されることもなくそのまま返品されておしまいです。
(ページを開いてくれることすら期待してはいけません)
そのため、書名だけを見て店員さんが「なんだこりゃ?」と思うようなことは
可能なかぎり避けなければならないというのがかなり重要なポイントになってまして、
書名で「モンティ・パイソン氏」と書くのはより「なんだこりゃ?」度が高まってしまうので
あまりよろしくない、という話が実際に社内でありまして、
書名に「氏」をつけるのはやめました。
英語だと「Monty Python's」の「's」の部分だけで
「あー、このモンティ・パイソンってのは人格みたいなもんなんだな」ということが
最初に了解されてしまいますので、すでに「氏」でかまわないわけですが。

Posted by: eno7753 | 22 October 2005 at 00:55

そういえば、おとといケラリーノ・サンドロヴィッチさんから突然電話が会社にかかってきまして、「全部読んだ。面白かった。人間ドックで読むのに最適な本だ」というお褒めの言葉をいただきました。

次週28日(金)に、ケラ氏と谷山浩子さんが「モンティ・パイソンの歌を日本語で歌い、ちょっとスケッチもやってみる」ライブが川崎クラブチッタであります。本物のパイソンの素材はそんなに使わないみたいですが、フードコーナーの特別メニューとして「スパム全席」のようなものが出るようです。
詳しくは http://www.bekkoame.ne.jp/i/gc4272/kadono766.htm をごらんください。

Posted by: eno7753 | 22 October 2005 at 02:36

今日、行きつけの本屋さんから電話があって―。

「ご注文の『モンティ・パイソン正伝』が入荷しております。ですが、お客様のご希望の『イボイボ付きリミテッドモデル』は「8時を過ぎると爆発する」という欠陥が見つかった為、全品回収となりました。ご了承ください。尚、担当者は解雇いたしました」

との事なので、通常版を買いました。
うわぁい、重い。
読んでる最中に、侵入者が現れたら、チキンではなく、これで殴れという事ですね?

ところで、全然関係ないんですが、最近テリJ(特にサイクル野郎危機一髪あたりの)見る度に、ウチの母上が「この人、布施明に似てるねぇ」って言います。
おかげで、逆に僕は、布施明がテリJにしか見えなくなっちゃいました、てへっ。

…しかし、正直なトコロ、TVシリーズと映画と「大全」「スピークス」しか観ていない僕に、正伝は理解できるのか?

とても不安です。

Posted by: エド | 22 October 2005 at 17:57

★eno7753様
>パイソンについて「川向こう」と言われても仕方ない
わはははは。もうヲタは古い、これからは「川の向こうの人」ですね。なんだか「指輪物語」に出てきそうな種族ですね、「川の向こうの人たち」。その共同体の宗教では、面白くない人々の罪を背負って十字架にかかって下さった6人のバカたち(そのなかにはイニシャルJ.C.の人がいる)にこの身をゆだね、法悦にひたりつつ聖なるオウムのために唱える祈りは「ぱーいにん・ふぉー・ざ・ふぃよーるどっ?」。と、これはローワン・アトキンソンのスケッチですが。

妙なところに反応してしまいました。
閑話休題。
モンティ・パイソン氏対書店員、モンティ・パイソン氏対書店員、450ページ1キロでモンティ・パイソン氏の勝ち、と思ったら箱から取り出されもせず即返品で書店員の勝ち。あれだけ大勢の人々が身を粉にしてはたらいた結果も、書店員の、いえ書店員さまの心証ひとつでどうにでもなるのだと思うと、思わず非行に走りたくなります。やはり略称は「ハリー・ポッター」に。

>ケラさんのお電話
思えば遠くへ来たものです。ありがたいお話です。ありがとうございます。
しかし、
何故に「人間ドック」と限定されるのでしょうか。
こんなに重いものを病人予備軍が持って大丈夫なのでしょうか。
それともなにかこう、病人予備軍の方があえて検査前に読むと、コレステロールが下がるとか、尿酸値が下がるとか、胃潰瘍がふさがるとか、更年期障害が治癒して妊娠までしてしまうとか、そういった効果があるのでしょうか。たしかエリックがどこかで「コメディは愛だ」とか「コメディは癒しだ」という、自分の芸風とはえらく異なる見解を述べていたと思いますが。

★エドさま
ありがとうございます。通常版のオプションのムチとロウソクと荒縄はご愛用頂いておりますでしょうか。

正伝の読書会をやりたいですね。日曜日にみんなで集まって読むとか。ひとり詳しい人が前に立ち、「では本日は269ページ、4章下段マイケルの第2節から交読致しましょう」と説教するとか。でも聖典はやはり「Just the Words」、祈る言葉は「ぱーいにんふぉーざふぃよーどっ?」 考えるだにたいへん楽しそうで、そんなコミューンがこの世にあるのなら、わたしは喜んで「川向こう」に出家します。って、ぜんぜんレスになっていませんが、読みとおすと、世界を見る目が変わります。がんばってください。

Posted by: akko | 23 October 2005 at 16:15

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