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06 September 2004

06SEP さけべエディンバラ (2)

テート・ブリテンで開催中の Art and the 60s: This Was Tomorrow を見に行きました。60年代英美術ファンなら思わずニヤリとするであろう気のきいたタイトルの特別展で、リチャード・ハミルトンやピーター・ブレイクの絵のほかにビートルズ、ストーンズ、ツイッギーなど当時のアイコンの写真てんこもりのたいへんたのしいものでした。

そしてその一隅で、
パイソンズのみなさんの肖像写真発見。
といっても会場の外の、60年から69年の1年ごとに、新聞記事やTVのスティルをかかげて「メディアにおいて60年代に何があったか」を解説するイントロダクション的展示部分でしたが。それでも、「おおナショナル・ポートレイト・ギャラリーに続いてテートに進出したかパイソンズイエイイエイイエイ」とわたしは喜びの舞いを舞いそうになりました。(舞いませんでしたが。)その1969年部に並べられた数件のメディア物件からすると、69年とは、アメリカ人が月に到達して、イギリス人はBBCでモンティ・パイソンを始めた年である、とだいたい解釈してよいのであるとわたしは解釈することにしました。ちなみに、60年のとこにはビヨンド・ザ・フリンジ、63年のとこにはTW3のみなさんの写真がありました。

それにしても、よくものごとは大雑把に「60年代」「70年代」と10年ごとにわけられたりしますが、パイソンを「60年代的」現象として分類していいものかどうか、わたくしはときどきなやみます。確かにパイソンズのみなさんは60年代ロンドンの20代の野性的生活のカタマリのような人々であり、始まったのは確かに60年代です。でも実際にパイソンズとしてかれらがいたのは70年代前半です。60年代と70年代のどちらにどうはめこんでもなんとなくすわりが悪いです。

しかしよく考えてみると、その始まったときが60年代の終わりのきわ頃であったというのは結構パイソンぽい。つまりパイソンとは、フリンジやTW3や、あるいはそれ以前にかれら自身がやってきた60年代なことどもを全部いったん終わりにして、もう足で踏んづけてばらばらにして否定して、分類されることを拒否するかのようなわけのわからないことを始めてみた、のであります。言い換えれば、もはや60年代とか70年代とかそういう既存のカテゴリにおさまらないのがパイソンであった。

と、ちょっと理屈でよいしょしてみたりして。さてさけぶエディンバラの続きです。


############ ここから休暇中 ######################

街中にあふれかえるポスター群のなかに、なんか奇妙に親しみのある顔がひとつ。誰だったっけこれとしばし考えた後、あ。これは、2000年のNHK「地球に乾杯!」のフットライツ特集で印象的な学生だった、トム・ベル君ではありませんか。

tombell.jpg

去年卒業したばかりなのに、もうフリンジのポスターに個人名が出るようになったのだなトム君。すばらしい。

ところでフリンジ目当てでエディンバラに来た以上、フリンジを極限まで見るのであって、4日経過現在、計14本見たところです。1日4本ハシゴしたりしてるわけで、いいかげんかなりヨレています。とはいえ、ヨレるのは芝居を多量に見るからではありません。なにがきついかというと、エディンバラの坂道です。ちくそう、なんて起伏の多い街なんだエディンバラあ!次の芝居まで30分あるから、会場までは散歩がてら歩いて行こうとうっかり思ってはいけません。プログラム付帯の会場地図には等高線を入れてほしいと思います。なにも考えずに歩き出すと、山越え谷を越える羽目に陥ります。東アングリア地方のひらたい地平球から来た人間は、道がナナメになっているということに慣れていないのです。わたしは何度、この大勢の人々がさんざめく都会の真ん中で、ほとんど遭難しそうになったことか。

身体をムシバム筋肉痛を別にすれば、数千ある演目の中からチマナコで選んだ14本ゆえ、今年のエディンバラはアタリばかりでかなり楽しい。例えば:

アダム・ヒルズ@アッセンブリー
Adam Hills: Go You Big Red Fire Engine! 2 @Assembly Ballroom

adamhills.jpg

オーストラリアから来たスタンダップの天才の人。この人は本当に「天才」だなあと、会場の人たちを会話にひっぱりこみ、その会話をすぐにネタにして100倍の速さで切り返すワザを見ているとそう思う。そして話題が明るい。アダムは生まれつき右足がないという障害の人であるが、それを「近視だからメガネをかけるんだ」と言うのとまったく同じ調子で「ぼくは右足がないから生まれたときから義足なんだ」と言う。ユーモアとは結局自虐なんだと思うけど、自虐的話題ももう天真爛漫に明るい。ザ・スコッツマン紙の別冊「フリンジで迷ったらこれを見ろ」ガイドの表紙になっているくらいのフリンジ不動のトッププレイヤーなので、アッセンブリーの大きな会場は満員、観客は開演前から「さあ笑うぞ」という体勢でいるけれど、この人にかぎりその雰囲気がうまく働いていると思う。Go You Big Red Fire Engine! とは、オーストラリアの公演中あまりに盛り上がった観客が思わず叫んだかけ声なんだそうだ。色々あってそれを自分のコピーにした話があまりに面白くて、「よかったら出口のとこでそのコピーつきのTシャツ売ってるので、帰りに買ってってね」とアダムが言ったら、皆「うんうん」とうなずき、終わったあと皆先を争うように売場に押し寄せていた。人の意見に左右されにくい英人観客にしちゃまったく珍しい風景だ。


ボーガ・アゲイン!@アッセンブリー
Borge Again! by Rainer Hersch @Assembly Supper Room

メトロ紙の5つ星のレビューのわきに載っていたこの写真にとても心惹かれるものを感じて、内容も知らずに突然見に行った。

hersch.jpg

そして内容を知らずに見てしまうなんて大変失礼だったとわかった。まず、Borge と書いてボーガと読む。そしてこれは、ヴィクター・ボーガという実在のオランダ人のピアニスト/エンタテイナー/コメディアンの伝記だった。ボーガさんは英語圏でとても人気のあった人のようだが、実は全然知らなかった。2000年に91歳で亡くなったそうで、会場は、おそらくボーガを同時代で知っていたのであろうおじ(い)さまおば(あ)さまでいっぱいだった。その伝記を語る上掲写真のレイナー・ハーシュは、父がドイツ人母が英人、生まれ育ったのはコペンハーゲン、奥さんは純ドイツ人、コメディアンになる前は売れないクラシックピアニストだった、というやや複雑な背景の人である。ピアノを弾くコメディアンに転向したら、自分がやたらとヴィクター・ボーガという見知らぬ先人に比較されるので、なんだか気になり調べ始め、それがきっかけでこういう芝居を始めたらしい。

ボーガもハーシュもまったく無知の日本人だが、それでも、実はこの芝居が14本中で一番面白かった。コメディアンがコメディアンを語るゆえ、演じられるネタがどちらのものなのかわからないところもちょっとあった。(会場のおぢおばにはみなそれがわかっていたらしい。なんかくやしい。)それでも、ハーシュ氏の乾いたユーモアが好みでいい感じだった。(「そこの遅れてきたお客さまようこそ。どちらからいらしたので?ああリバプールですか。わたしはコペンハーゲンから来ましたが、あなたより前にこの会場に着いてました」。)それから音楽ネタ(ラプソディ・イン・ハッピーバースデイなど)がするどい。またボーガの持ちネタだったらしい「音読される句読点」がすばらしい。コンマやピリオドやブラケットやコロンにも音があって、その理屈でシェイクスピアを朗読するとどうなるかを実践するわけだけど、この面白さは文章では説明不可能である。もう椅子から落ちて笑った。

で、
上掲写真でなんとなくうかがえるように、ハーシュ氏は顔立ちがわりと堅い系の人である。舞台で見ると背が高い。その人が、クラシック音楽家らしくモーニングできめて、ちょっと芸術家風に髪が乱れてたりして、大陸系アクセントの英語をぱらぺらしゃべりながらお笑いクラシックピアノなんか弾いていると、なんというか非常に、「ベートーベンのジョン」にもんのすごーくそっくりだったりする。いやほんと。途中、「なんてジョンのベートーベンに似ている英独蘭人だ」という雑念がしきりにわき起こって困った。いや、フリンジで一番面白かったというのはそれが理由ではない。と思う。誰か信じて。


ところで芝居の話はまた明日くらいに続けるとして、
今日は天気がよかったのでくるまをころがしてドゥーン城へ行きました。エディンバラから片道1時間くらいです。
2年前のN嬢さまとわたしによる、めくるめくドゥーン初体験記録はこちらをどうぞ。


↓ポストカードで見つけた航空写真。

dounecastle04.jpg

今回で3回目だけど、毎年新しいことがあって面白い。今年はレジカウンターにちょこんと置かれたこの人形発見。



(ちなみに人形のとなりに見えるのは、かの有名なドゥーン城専用貸し出しココナッツです。)

「かっかかかかかわいい素敵すてききゃあきゃあ!おじさんおじさん、この人形売ってちょ」と言ったら、

(ちなみにそのおじさんはホリグレDVDおまけのマイケル&テリJロケ地再訪記のときにもドゥーン城売店にいたおじさんでした)

「それはね、売り物じゃないんだよ。製造元に訊いたけど品切れらしくてねえ。ところでこれ、手足とれるんだよ。これも写真撮る?」↓

ちなみに製造元はここだそうです。他にもいろいろあるけど品切ればかり。ち。

ところで、ホリグレDVDのマイケル&テリJロケ地再訪録の、ここドゥーン城でのマイケルに関し、以前N嬢さんがするどい観察をしていたのを思い出しました。

「マイケルの背中に草がついている。きっと、どこかで寝転がっていたにちがいない」

とてもいい天気だったので、英人がよくやるように、わたしも草の上に水平になりました。そして、確かこのへんでニール・イネスが巨大ウサギにつぶされて元ニール・イネスになったんだよなあ、と思いながらひなたでぬくまりました。遠くで、どこかで誰かがココナッツでぱかぱかあそんでいるのが聞こえます。空は青く、鳥はぴいちく鳴いて、わたしは30年くらい前にこのへんで騒いでいた人たちのことをしばし考えていました。


############ ここまで休暇中 ######################

さけべエディンバラ、まだまだ続きます。

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Comments

お久しゅうございます。tabbyまたの名をNでございます。
いいなあ、夏のエディンバラ&ドゥーン城。思い返すだに、夢のような日々でした。

私の最近の日常でホリグレに関係したことといえば、「キング・アーサー」を見たことくらいです。「華氏911」と「誰も知らない」「キング・アーサー」のいずれかから選ぶことになったので、パイソンに操をたてるつもりで選びました。
もちろん円卓もエクスカリバーも出てきましたが、騎士のミュージカルシーンとか、農民にいちゃもんをつけられるシーンとかはなかったです。でも、'I'm Arthur, the King of Britain!'というグレアムの台詞が頭をぐるぐる回って、クライブ・オーウェン@アーサーが同じ台詞を言うんじゃないかとつい期待してしまって、無駄にそわそわして困りました。あと、ランスロット役の俳優さんが男前なんですが、これってジョンの役、と思うとやはりそわそわしました。いや、深い意味はないのですよ。
内容は、アーサーのアイデンティティに新解釈しているらしいのですが、元の伝説をよく知らないので、すごいのかどうかよくわかりません。本国イギリスでの評判はどうだったのでしょうか。

Posted by: tabby | 11 September 2004 at 17:50

おおtabbyときどきN嬢さま。お久しぶりでございます。あのふたりのドゥーン初体験からもう2年経ちますのですね。
http://www.btinternet.com/~akko.o/tfjc/mpfc/doune.html

今はそんなわけで、ドゥーンにはパイソン・シングス!をカーステでがんがんかけつつ車で1時間で行けるようになったりしていますが、スリルと楽しさと新鮮さにおいて、やはり初めてのときが一番思い出深いものでしたわ。うふ。

先日ホーリー・グレイル@ダ・ヴィンチ・コードについてちと触れましたが、こないだインディ・ジョーンズ3を見てたらやっぱり聖杯伝説がどうのこうのという話が出てきました。自分のとこにあまり歴史がないからなのか、アメリカ人は好きですねこの手の話。映画キング・アーサーに関して本国では、「アーサー王伝説はロード・オブ・ザ・リングスぢゃねえ!」という感じで、どうもあまりウケなかったようです。でも男子のみなさんはキーラ・ナイトリーの半裸体がうおー!とかなんとか言っていたようです。

Posted by: akko | 16 September 2004 at 11:39

「地球に乾杯」のフットライツ特集に思わず反応して書き込んでしまいました。
わぁ!懐かしいですねぇ。観てましたよ!この番組。
確かBSでパイソンが放送中の頃にやっていた番組でしたね。
この番組でフットライツの事を学びました。
あの学生君はその後どうしていたかと思ったら、着々と夢を叶えていたんですね。すごいなすごいな。

Posted by: ひとちゃん | 02 October 2004 at 20:18

★ ひとちゃん
ケンブリッジ・フットライツがブランドとして定着していて、「フットライツの公演」というだけである程度客が入ることが約束されているこちらでも、フットライツの内部事情はなかなか目にする機会はありません。そう考えると、あのNHKフットライツ特集は奇跡のように貴重なドキュメンタリーだったと思います。

ちなみに、あのときフットライツ会長だったマット・グリーン君は卒業後BBCに就職した模様。放送作家業のかたわらオフ・ウエストエンドで芝居をしたりしていました。最近では缶コーヒーのCMに出ています。思わず、「おお、マットさん元気だ」と画面に手を振ったりしています。

もうひとつちなみに。あのちょっと憂いをはらんだ「ジョン・クリーズさんのファン」の彼(名前失念)は、卒業後仕事が見つからず非常に苦労した、という話を某方面から小耳にはさんでおります。その後の動向は存じ上げませんが。元気かな。

Posted by: akko | 11 October 2004 at 21:47

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