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08 July 2004

08JUL 華麗なるたそがれの英国のパイソン

確か2年前の夏、インディペンデント紙で読んだことをひとつ。

ある日その固い新聞の記者さんが、ミズーリだかアイオワだかの、わりと裕福なアメリカの中部奥地域に取材にでかけました。
その取材上、記者さんは地元の学生たちと話をする機会がありました。
用件とは別に、ふと記者さんは興味をおぼえ、おそらくきちんとした教育を受けているらしき若いアメリカ人たちに向かい「ところで君達は、我々の国についてどういうことを知っているのか」と訊いてみました。
するとかれらは口々に、
「モンティ・パイソン」と言ったんだそうです。

記者さんいわく「パイソンなのか。こんなところにまで」。おそらくシェイクスピアとか、クリスマスキャロルとかシャーロック・ホームズとか、せめてビートルズくらいを期待していたのであろう記者さんの、「がっくり感」が切々と伝わってきました。

ところで。
アメリカ映画に、英人が、英人以外の役で出てくるのを見るのはなかなか面白い。例えば「ダイ・ハード」のアラン・リックマン。ドイツ人なのにばしばし英語です。非英語圏のキャラクターでもなるべく英語でつらぬきたい米映画にとって、英発音で話す英人は、英語だから言っていることはわかるし発音的には外国ヨーロッパ方面人である、という記号のような存在であるようです。そこで発生しがちな問題、たとえば「何故ソ連人がソ連人同士で英語を話しているのだ」という素朴な疑問を覚悟しつつ、それでもレッド・オクトーバーの艦長はショーン・コネリーでなければならなかったほど、ハリウッドの「英語でなきゃ、だめ!」事情はきびしいのだと思われます。また言いかえれば、つまり英人の俳優さんは、英人というだけではなく、アメリカから見たヨーロッパ的イメージ全般をもになっているということになります。

しかしアメリカから見た英国的イメージとはなんだろう。あの歴史的に若い国の人々は、かつてかれらを支配していた、歴史をどっさり背負ったまま華麗にたそがれ始めている国をどう見ているんだろうか。

と、そこでハリポ映画をなんとなく思い出します。初期の原作では、ホグワーツでの寄宿舎生活は、架空の魔法学校の話ではありますがいろいろなできごとや人々の言動の細部がかっちりと北イングランド的でした。しかし映画(特に1と2)の方は、出演者は全員英人であるものの画面がちょっとヨーロッパ無国籍っぽくて、もうボーディングスクールとかお城とかが楽しくて珍しくてしょーがない、というディズニーランドのような光景ばかりでした。

しかしあれはなんというか、えーと例えば、「ブレードランナー」でことさら道頓堀のグリコがばーんと出てくるというか、レイ・チャールズを歌う「ブラックレイン」の健さんというか、トム・クルーズが横浜港に降り立ったら正面に富士山がどかーんと見えるというか、「いや嘘ではない。いや嘘なのか。ううむもっと普通にやってくれ」な気分にさせてくれるものだったりします。

で、ここでシュレックの話。
1も2も、おとぎ話とかハッピリー・エバー・アフターとか、今までいつくしむべきものとされていたヨーロッパ起源の伝統を、アメリカ人が立ち上がりぎたぎたにやっつけてくれているので大変愉快です。こういう路線にこういうふうにジョンがひっぱり出されるのはもっと愉快です。ワンス・アポン・ナ・タイムなその王国が、いきなりど派手なハリウッドなのも大笑いです。(そういえば、ジェニファー・ソーンダースの妖精は、『プリティ・ウーマン』をシンデレラや白雪姫などのおとぎ話のひとつに数えていました。)こういうヤラレ方はしかし、欧ネイティブの人だったらあまり心おだやかではないものがあるのではないかと思いますが、わたしはあいにく米欧どちらにも属していないただの蝙蝠ジョン専なので、「もっとやれーイエイ」と気楽に面白がるばかりです。

しかしわたしは、ファー・ファー・アウェイ国の王様に三顧の礼で忠誠を誓う者ではありますが、それはそれとして今、猫にあたまを狂わされています。アントニオ・バンデラスのあの長靴猫です。あの面白いけどもどうも日本的視点のかわいさには欠けるという噂のシュレック陣のうち(含王様)、もうこの猫は猫ゴコロわしづかみです。うおお!この表情!このフカフカ感!!猫好きはもう全員うぎゃー! → ★★★


さてお話かわりまして。
最近ジム・キャリーとケイト・ウィンズレットの Eternal Sunshine of The Spotless Mind という摩訶不思議な映画を見ました。とても摩訶不思議だったので調べたところ、監督のミシェル・ゴンドリーは、カイリー・ミノーグとケミブラの名ビデオや、The Gap や Smirnoff の名CMを撮った人だということを知りました。ああなんか納得、と思ったらその名ビデオや名CMをまとめて見たくなったので、ミシェル・ゴンドリー全集的DVDを買いました。

そうしたら、

未見だったベックのDeadweight という曲の一場面に、強力にパイソンな引用がありました。よく晴れた明るい夏の波打ち際、突然オフィス机が置かれていて、そこにベックがきちんとスーツを着て座っている、という。あたしゃびっくりしました。

しかしびっくりし終わったあと、ゴンドリー監督の切り貼り的に無邪気な引用法を考えるに、これはもうファンとかなんとかの問題ではないようだと感じました。こういう強力なパイソン的イメージは、普遍的な古典としてすっかり普及しているのかもしれない。ここまで来れば、もう後は自動的に定着しつづけていくことでしょう。その結果、アメリカの奥地とか極東島国とかで、「英国とはモンティ・パイソンなのだ」という、英人が思わず「嘘じゃないけど普通にやってくれ」と懇願しそうなイメージがますます立派に受けつがれていくのだと思われます。


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Comments

今夏公開の「キング・アーサー」なんかも、とってもアメリカンな感じがしますが、"英国政府観光庁"でもキャンペーンしてたりして、ちょっとフシギな感じもします。

ところで、映画「カレンダー・ガールズ」(未見)に『裸でピアノ』モチーフの写真が出てくるのですが、これはやはりパイソン由来のものなのでしょうかねぇ。それとも、もっと古い元ネタがあるのでしょうか。ごぞんじですか?

http://www.movies.co.jp/kingarthur/index.html
http://www.movies.co.jp/calendergirls/index.html

Posted by: まいまい | 10 July 2004 at 02:54

まいまいさん
裸オルガンは、何か元ネタがあると小耳に挟んだような記憶もあるのです。でもわかりませんすみません。しかし現在では、裸でオルガンを弾かれたらおそらくその元ネタよりは、パイソンを連想する人の方が圧倒的に多いと思います。

カレンダーガールズの話の感じでは、特にパイソンがどうのという意味で裸ピアノが出てきたのではないようですね。あれはパイソンによる映像的刷りこみの結果、「ハダカときたらピアノじゃん」という強いイメージが定着していることのあらわれであるような気がします。こう書いていて、そういえば「ツイスター」では、牛が空を飛んでいたなあと思い出しました。

キング・アーサーはやっぱりアメリカンですか。こちらでももうすぐ公開のようですが、本国ではうけるのかどうか。やはりここは本伝説に敬意を払い忠実に表現してほしいものです。聖なる手榴弾を出すとか。馬はココナツにするとか。キーラ・ナイトリーにアンスラックス城でガラハッドを誘惑してもらうとか。違うか。

Posted by: akko | 10 July 2004 at 12:26

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